文芸論争を引き起こしたピューリッツァー賞受賞作 The Goldfinch

著者:Donna Tartt
ペーパーバック: 880ページ
出版社: Abacus
ISBN-10: 0349139636
発売日: 2013/10
適正年齡:PG15(ドラッグや暴力あり。内容が難しいので高校生以上をおすすめ)
難易度:最上級レベル(単語や表現に難しい部分がある。何よりも長いのでネイティブでも読了するのに苦労する)
ジャンル:文芸小説/スリラー/風俗喜劇(comedy of manners)
キーワード:Carel Fabritius作のThe Goldfinch(1654)、美術品盗難事件、骨董品、トラウマ
賞:2014年ピューリッツァー賞受賞作

ニューヨークのメトロポリタン美術館で爆弾テロに巻き込まれた13歳の少年Theoは、事件で最愛の母親を失うが、奇跡的に生き延びる。この悲劇の場で、Theoは三つの運命の出会いをする。臨終を看とどけた初老の男、彼と一緒にいた赤毛の少女、そしてファブリティウスのThe Goldfinchである。

死ぬ間際の初老の男にしつこく促されて名画The Goldfinchを持ちだしたTheoは、失った者へのこだわりと秘密の重さに押しつぶされながら迷路のような人生を送る。


***

Fabritius-vink

Carel Fabritius作のThe Goldfinch(1654)

今年10月、ジュンク堂さんでのトークイベントで出席した方から「The Goldfinchについてどう思いますか?」という質問を受け、「実は積ん読したままで。。。」と答えた。

昨年10月に発売されてからずっと話題になっている作品で、しかも今年はピューリッツァー賞まで受賞した。だから「読まなくちゃ」とは思ってキンドルに入れていたものの、「相性が悪いのではないか」という予感がして、なかなか読む気になれなかったのだ。ふだん相性が悪い本も読むようにしているのだけれど、目先に急ぎの仕事があると、その合間に読むのは自分が好きな本や読みやすい本に傾く。紙の破れ目から顔を覗かせているGoldfinchを見るたびに「はいはい、忘れてませんよ」と言いつつ後回し。そういうパターンを繰り返していた。

読んでみて、やはり「(今の)私と相性が良い本ではない」という予感はあたっていた。

面白くなかったというのではない。面白いところは沢山あったし、読んで良かったも思う。ただ、心を根っこから揺さぶって人生(や世界の見方)をちょっとでも変えるような出会いではなかったという意味である。

しかし、誰にとってもそうだとは思わない。高校生か大学生のころの私だったら、「こんなに素晴らしい小説は読んだことがない」と思ったかもしれない。出会いのタイミングを選ぶ本だと思う。

ネタバレをしないほうがいい小説なので筋に詳しく触れないが、読んでいるうちに連想したのは、Jay McInerneyのBright Lights, Big CityStory of My Life 、Tom WolfeのThe Bonfire of the Vanities だ。
文章はTarttのほうが洗練されているが、読みやすさならMcInerneyやWolfeのほうが優れている。

McInerneyやWolfeが書く小説はシリアスな文学とは考えられていないのだけれど、Tarttについては「ピューリッツァー賞を取ったくらいだから正統派の文芸小説として認められたのだろう」と思うはずだ。それに、かのMichiko Kakutaniもディケンズに例えて褒めていたのだから。

でも、Vanity Fairという雑誌の記事になったように、「Tarttの書くものは子ども用だ。こんなのを文芸小説(Literary fiction)として扱うと読者のレベルが劣化する」といった論調で批判する文芸評論家もけっこういるのである。

私自身は、Tarttは十分洗練された正統派の文芸小説家だと思っている。そもそも、文芸小説とジャンル小説をはっきり分けて考えるほうが間違っているのだ。ジャンル小説の中にも文章が素晴らしいものがあるし、文芸小説の中にも「これは大学の創作クラスで学んだテクだな」と飽々するものがある。

私がThe Goldfichを心から愛せなかったのは、文章のせいではない。この小説が問いかけてくる「生きる意味」や「運命」の感覚が、今の私とはかけ離れていただけである。

しかし、登場人物たちやディテールは面白かった。

出会いのタイミングが良い読者がきっといると思うので、時間と気力があれば、ぜひ試していただきたい。

3 thoughts on “文芸論争を引き起こしたピューリッツァー賞受賞作 The Goldfinch

  1. Goldfinch 読破しました。最初から最後まで予想を裏切られる展開で、読ませられましたが、なんと言うか、読後感の悪い長編小説でした。
    最後はTheoが芸術作品についての見解を述べていますが、(theoの言葉を借りた作者の見解だが)、こんなに思慮深いTheoだったらこんな人生になるはず無いのに、と物語との矛盾を感じました。
    しかし、800ページの長編を初めて読んだことで、すごく英語の本に対する筋力がついた気がします。遅読で英語力も十分ではありませんが、洋書筋トレ本でした。
    由佳里さんはどの辺りに違和感を感じられたのか、興味あります。

  2. 晴子さま
    コメントありがとうございます。
    そして、面倒な長編の読破、おめでとうございます!
    私が徹底的に違和感を覚えたのは、やはりTheoの生き方です。
    何があったにせよ、こういう選択をし続けることに納得できなかったので。
    文芸小説(特にこれほどの長編)は、やはり読者の生き方、考え方に少しでもインパクトを与えるものであってほしいのですが、良い意味での影響はまったく受けませんでした。
    それゆえに「好き」とは言えない、というのが私の見解なんです。

  3. 遅まきながら読みました。物語の展開については、予期しないことが次々に起こって「えっ、いったいどうなるの?」と引っ張られて、長いのもそれほど気にならずに読めました。Theo には感情移入も共感もできなかったのですが、「自分でコントロールできない何かに生活を破壊されたり、強迫観念に取りつかれたりした人の思考はこんなふうになるのだろうか」などと思いました。私にとってはずいぶん哲学的な感じのする小説で、難しくてよくわからない、というのが正直な感想です。

Leave a Reply