アマゾンの出版社はマクドナルド……いや、1000円で食べ放題ビュッフェかな?

アメリカのAmazon.comを継続してチェックしている人は、奇妙な現象に気づいているのではないだろうか。

kindleのベストセラーリストには2000とか3000とかすごい数の読者レビューの作品がある。しかも、90%くらいが星5つ。

その自体は不思議でもなんでもない。

けれども、これまで見たことも聞いたこともない著者と出版社のものがけっこう多いのに首をかしげる。

たとえば、下記のような作品である。
Angelfall

表紙もけっこういい感じのファンタジーだ。「新人なのに、話題になるほどすごい作品を書いたのかな?」と思う。

ところが読み始めて、「なんか変だ」と思い始める。

隠された力を持つヒロインがハンサムな天使との禁じられた恋をする展開は思春期の女の子にうけそうだが、これまでに売れたYAファンタジーのフォーミュラをそのまま使った感じで、オリジナリティはない。そして、何よりも、文章や会話が雑だ。駄作だとは言わないが、ベストセラーになるような作品ではない。

「なんでこんな作品の評価が高いのだ? 」と混乱してしまう。

最近では、このYAファンタジーがそうだ。

よく観察すれば共通点に気づく。SFやファンタジーは47North、YA(ティーン向け)はSkyscape、文芸小説はLittle A、ロマンス小説はMontlake Romanceという出版社から刊行されている。

じつは、これらはアマゾンが経営している出版社Amazon Publishingのインプリント(ブランド)である。自費出版のKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)と混同してはならない。ちゃんと編集者がいて、紙媒体だけでなく、オーディオブックも作り、PRやセールスもする出版社だ。

紙媒体でも出版してくれるのは良いことだが、これまでさんざん苦い思いをさせられてきた書店はそう簡単にアマゾンを助けたりはしない。

有名なエンジェル投資家でベストセラー作家のTimothy Ferrissが2012年にThe 4-Hour Chefをアマゾンから出版したとき、バーンズ&ノーブルなどの書店は販売をボイコットした。

ビジネスのセンスにかけては大企業より優れているFerrissは、自ら大規模のメディアキャンペーンを繰り広げてウォールストリート・ジャーナルでナンバー1のベストセラーに仕上げたから書店のボイコットは失敗した形になったが、普通の作家だとそうはいかない。アマゾンから出版した本は、今のところアマゾンで売るしかない。

アマゾンの出版社から出版するのは、「自分の作品はネットで売るほうが有利だ」と腹を据えた作家だ。

彼らの作品を大量に売るアマゾンの手口のひとつが「Kindle Unlimited」である。
現在はアメリカだけだが、毎月9.99ドルで登録されている作品を読み放題できるというサービスで、登録されている作品の中にはHunger Games, Lord of the Rings, Harry Potterといった大ベストセラーやクラシックもある。とはいえ、話題作をよく読む人は、たいてい既に読んでいるだろう。

kindle unlimited

アマゾンが誇らしく公表している「70万タイトル以上」の登録作品の多くは、じつはアマゾンが出版している作品だ。

話題の新刊やシリアスな文芸作品を求める読者は利用価値があまりないかもしれないが、軽い読書を求める人にとって、10ドル(1000円くらい)で読み放題というのは魅力的。軽く読んで、気に入らなければ返し、次の作品を即座に読み始めることができるから。

冒頭で触れた作品の2000から3000のレビューをいくつか読むと、彼らがふだん読んでいる本の質と量がわかる。彼らは読み放題のファンだから、同様の作品を大量に読んで満足している。でも、それを批判するつもりはない。1000円で食べ放題のビュッフェで高級レストランの味を求めないのは当然なのだ。

作家は、読者がダウンロードして読んだ数により報酬を受ける。でも、それだけでなく、Kindleベストセラーリストに入ることで、Kindle Unlimitedのサービスを買っていない人の目にも触れる。たいていは2.99ドルから4.99ドルという廉価なので、あまり悩まず買ってくれる。そういった読者の期待度は、マクドナルドのハンバーガーに対するものと似ているだろう。

マクドナルドやコカコーラでアメリカ人の舌と食生活が変化してしまったように、廉価の読み放題で読者の求める本が変わってしまうとしたら怖いことだが、なんであれ「本を読む」人口が減らないのはいいことだ。

現時点ではそう楽観的にとらえている私である。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

アマゾンの出版社はマクドナルド……いや、1000円で食べ放題ビュッフェかな?」への2件のフィードバック

  1. 渡辺さん、初めまして。こんにちは。

    渡辺さんがアマゾンに書かれたある本のレビューを拝見したことがきっかけで貴ブログに出会いました。
    私はアメリカに住んでもうすぐ7年になるのですが、夫に読書をずっと薦められつつもなんとなく避けている自分がいました。読書が自分の英語力のブレイクスルーにつながることは頭ではわかりつつも、わからないから本気で楽しめない、楽しくないから続かないのループに・・・
    でもこのブログに出会えたことに本当に感謝です!
    自分のレベルにあわない本を読もうとしていただけだったことに気づきました。
    洋書ベスト500も購入させていただき、面白そうとおもった本は片っ端からKindleのサンプルをダウンロードして読んでいます。
    教育関係のブログ記事も大変勉強になります。自分も将来子供をもつ親になると思いますので、迷ったときはまたこちらにお邪魔して勉強したいと思います。ありがとうございます。
    Kindle Unlimitedにはそういう裏があったのですね。渡辺さんが紹介くださっている本がなかなか対象になっていないので入るのを保留したところだったんです。
    しばらくは気に入った本を購入して読書を楽しみたいとおもいます。

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  2. Muさん、

    コメントありがとうございます。井戸端会議のほうもお読みいただいているようで嬉しいです。

    Kindle Unlimitedは上記のブログに書いたように沢山読み捨てる人にもあっていますが、ほかにも、ベストセラーを読み逃した人にも向いています。

    たとえば、ハリー・ポッターやThe Lord of the Rings, Hunger Gamesなどを読み逃していて読むスピードが早い方なら、それを読むだけでも十分元が取れます。過去のベストセラーはけっこう多いので。

    私は、読み逃したシリーズとか、持っているはずだけれども見つからない本とか、しばらく読んでいないクラシックとかをいつでも気軽に読めるので利用しています。

    また、新刊で話題作もリストに入ることがありますし、活字中毒がうまく利用すればお得なシステムだと思います。

    いいね

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