これを読めば混沌とした中東の状況がわかる! And Then All Hell Broke Loose

作者:Richard Engel
ハードカバー: 256ページ
出版社: Simon & Schuster (2016/2/9)
ISBN-10: 1451635117
発売日: 2016/2/9
適正年齢:PG 12
難易度:中級+(日本で英語教育を受けた人にはわかりやすい文章と内容)
ジャンル:ルポ/回想録
キーワード:中東問題、ルポ、戦争、アラブの春、シリア、アサド家、エジプト、ナーセル、サーダート、ムバーラク、チュニジア、ベン・アリー、リビア、カダフィ、イラク、フセイン、ブッシュ大統領、オバマ大統領



ISISをはじめ、イスラム過激派テロリストのニュースをほぼ毎日のように目にする。そして、ソーシャルメディアには、にわか報道陣や評論家があふれている。だが、歴史的背景をふまえたうえで現況を理解できている人はほぼ皆無だ。

私自身、1990年にエジプトを旅行したころから2001年9月11日の同時テロ、イラク戦争、と継続的にニュースは追ってきたが、ほとんど理解できていない。

中東問題はいま始まったことではないし、刻々と変化する。現地に住んでいる人や、取材をしている記者にも見えにくい複雑なものだからだ。

ところで、日常的に宗教問題に触れることが少ない日本人はよく知らないことだが、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教が崇拝するのは(異論はあるものの)基本的には同じ神だ。しかし、キリスト教による十字軍遠征、オスマン帝国による東欧から地中海各国の征服、イスラム諸国でのユダヤ教徒の度重なる大虐殺、イスラエル建国後のアラブ諸国対イスラエルの中東戦争など、同じ神を信じているはずの3宗教は、長い歴史のあいだ、絶え間なく争いを続けてきた。

中東の歴史をたどれば、はっきりした犯人と犠牲者はいないし、純粋潔白な宗教や民族もない。イスラム教徒の間でも血みどろの戦いを続けてきたのだから。しかし、国際問題では「〜が悪い」という単純な犯人探しを好む人が多い。特に日本では、アメリカを悪者として語る人が、非常に多い。

だが、本当にそんなに単純なことなのだろうか?

アメリカが「何も手を出さない」という選択をしていたら、中東に平和が訪れたのだろうか?

過去20年中東に住み、そこを第二の故郷として愛するアメリカ人記者が、外部の私たちにはとうてい理解できない複雑な過去と現状を、わかりやすく解説してくれるのが、『And Then All Hell Broke Loose』だ。

リチャード・アングルは、スタンフォード大学を卒業した1996年にエジプトに渡ってアラビア語を学び、そのまま居着いて記者になったという珍しい経歴のアメリカ人だ。当時は、フリーランスとして生計を立てるのがやっとだったが、イラク戦争が危険な状況になったときに現地に残った数少ない外国報道特派員の1人として一躍アメリカで名前が知られるようになった。
その業績が評価されてMSNBCの主任外国報道特派員として正式に中東を拠点にするようになり、反政府運動が政権を打倒したチュニジア、エジプト、リビア……といった「アラブの春」では、流暢なアラビア語を駆使して危険な現場まで潜り込み、過激派に誘拐されたという壮絶な体験もある。

アングルが説明する中東の近代史は、じつにわかりやすい。

現在の私たちが忘れていることだが、イスラム教は、かつて富もパワーも世界の最高峰にあった。しかし、没落してきたオスマン帝国で、20世紀初頭に「青年トルコ」が革命を起こして政権を握り、ドイツと組んで第一次世界大戦に参戦したときに運命が大きく変わった。
700万人を戦争で失ったあげくオスマン帝国は敗戦し、戦勝したイギリスとフランスが領土の大半を分割することになった。しかし、これは戦勝国の都合で切り分けられたものであり、敵対するスンニ派アラブ人、シーア派アラブ人、クルド人などの多様な民族がまじりあっている。モザイクのような国々を統率するのはただでさえ困難だったのだが、じきに第2次世界大戦に参入したイギリスとフランスにはその金もエネルギーもなく、アメリカがゴッドファーザーとして面倒をみる羽目になったのだ。

第2次世界大戦後のアメリカにとって、中東はソビエト連邦と共産主義に対する前線であり、冷戦下の中東政策は、イスラエル擁護と石油の供給確保だった。中東諸国ではアラブとイスラム教徒の統一を声高に叫ぶ指導者たちが何人も現れたが、イスラエルに対する複数の戦争の結果、アングルが「Strong Men(強い男たち)」と呼ぶ独裁者たちが中東の国々を統率するようになった。シリアのアサド家、エジプトのナーセル、サーダート、ムバーラク、チュニジアのベン・アリー、リビアのカダフィ、イラクのフセインがそうだ。

アングルは、これらのリーダーの多くに直接会っている。民族や宗派の違いによる血なまぐさい争いを抑えこむためなら遠慮なく残酷な手段を取る彼らが尊敬できる人格者でないことは、アングルもアメリカのリーダーたちも百も承知だった。

しかし、これらの強いリーダーがいたからこそ、国が機能していたのも事実だった。アングルは、これらの中東の国々を、「外見は華麗で、印象的だが、内部はシロアリに喰われ、カビだらけで、腐りかけている豪邸」とたとえ、強そうに見えたがひと押しすれば倒れる状態だったと言う。腐っていることがわかっていても、家を倒してしまったら、国民は住む場所がなくなって混乱してしまう。だから、生かさず殺さずにいるのが、それまでのアメリカの対策だったのだ。

ところが、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、個人的な理由でイラクという腐った豪邸を倒してしまった。これが、現在最も恐れられるISISが誕生する土壌を作ったのだった。

ブッシュ大統領の罪は不要な戦争を起こしたことであり、これには言い訳の余地はない。サダム・フセインが残虐な独裁者だったのは事実だが、腐った家をなんとか保たせていたのも彼だ。よそ者であるアメリカが勝手に侵略してリーダーを取り去る権利などはない。

だが、アメリカのジレンマは、軍事介入をしても、しなくても、世界から批判され、恨まれるという部分だ。

オバマ大統領の優柔不断な政策がいい例だ。

ソーシャルメディアで盛り上がったエジプトの革命では、民主主義を応援するという名義でオバマ大統領は革命を応援し、アメリカの長年の友人だったムバーラクを見捨てた。そして、リビアでは反政府活動を支援したのに、シリアでは背を向けた。このオバマ大統領の態度に、中東のリーダーと反政府の人々は混乱し、どちらも「裏切られた」と思い、恨みを抱いた。革命後のエジプト、リビア、シリアは内戦が続く地獄のような無法地帯になり、中東はアメリカへの信頼をすっかり失った。

イスラム教の内部の対立は14世紀にもわたる歴史があり、アメリカが作ったものではない。ISISを作ったのもアメリカではない。しかし、軍事介入に積極的なブッシュと消極的で優柔不断なオバマが中東問題を悪化させたのは事実なのだ。

日本と日本人は、よくも悪くも他国からの期待がない。反政府軍から軍事介入を求められることもない。だから、傍観者として自由にアマチュア批評家でいられるわけだ。

だが、もし、将来、革命を試みる反政府軍から介入を求められ、その決断の責任を将来ずっと負わねばならないとしたら、日本はどんな選択をするのだろう?

そういうことを考えながら読んでいただきたい本だ。

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