イラク戦争帰還兵が主人公の、ハードボイルド的な哀愁に満ちたミステリ The Drifter

作者:Nicholas Petrie
ハードカバー: 384ページ
出版社: G.P. Putnam’s Sons
ISBN-10: 0399174567
発売日: 2016/1/12
適正年齢:PG15
難易度:上級(ミステリに慣れている人には決して難解ではない。展開はスピーディ)
ジャンル:ミステリ/スリラー
キーワード:アフガン戦争、イラク戦争、Marine(海兵隊)、Veteran(退役兵、帰還兵)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、うつ、自殺、殺人

2001年の同時テロの後、愛国心にかられたPeter Ashは「母国を守るため」に志願して海兵隊に入隊した。だが、母国はアフガン戦争の後、間違った理由でイラク戦争を開始し、Peterは「間違った戦争」でも戦い続けることになった。常にどこで襲われ、命を失うかもしれない戦場で、兵士たちは正常な思考と判断を失い、他人には口にできないような過ちも犯した。戦死を逃れて無事に帰国できた帰還兵も、戦地の記憶の重圧に押しつぶされていた。元海兵隊のPeterもそのひとりで、重いPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていた。極度の閉所恐怖症のために建物に足を踏み入れることができないPeterは、1年間自然の中を漂流し、テント生活を送っていた。

だが、海兵隊での部下であり、親友だった男が自殺したと耳にし、Peterはもっと早く援助の手を差し伸べなかった自分を責め、遺族を援助するために人里に戻ってきた。中西部の人々は、貧しくても「施し」を嫌う。そこで、Peterは「遺族に対する国からのプログラム」だと未亡人に嘘をつき、壊れかけている家を修理してやる。ところが、その最中に、大金と手作り爆弾の一部が入ったスーツケースが出てくる。
それと同時に、Peterと部下の未亡人は命を狙われるようになる。

死んだ部下は、テロ組織にかかわっていたのか?自殺というのは本当なのか?この金はどこから来たのか?

敵と味方がわからない中で、Peterは死んだ男の家族を守りながら、真相を追う。

*** *** ***

2001年の同時テロとそれに続くアフガン戦争、イラク戦争を鮮やかに記憶している私は、あれから15年経ったのが信じられないくらいだ。最初のうちは、小説で同時テロに触れることですら、タブーのように感じる人がいたものだ。

しかし、現在では、ノンフィクションだけでなく、フィクションでも、アフガン戦争やイラク戦争が普通に登場する。つまり、同時テロは歴史の一コマで、イラク戦争は日常の一部になってしまったのだ。

西海岸や東海岸の裕福な人々にとって、(たとえ反戦運動家であっても)「イラク戦争」は、ただのコンセプトだ。それを実感しているのは、「愛国心のために従軍する」のが、若者の間でふつうの選択肢としてとらえられているような、高収入の職があまりない地方の小さな町の人々だ。

そういった場所には、西海岸や東海岸のエリートたちが知らない「アメリカ」が存在する。
この小説は、そんなアメリカを舞台に、イラク戦争で心を壊したヒーローが、兵士の崇高な「倫理観」で悪と戦うミステリだ。

これを読んでいて頭に浮かんだのは、名画『カサブランカ』だった。
舞台も筋書きも異なるが、主人公ピーターがボガードが演じたリックのイメージに重なる。
このミステリの、哀愁に満ちたハードボイルド的な雰囲気は、大人の男性読者にぐっと来ること間違いなしだ。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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