トランプとサンダースが歓迎されるアメリカを作った暗い金 Dark Money

著者:Jane Mayer
ハードカバー: 464ページ
出版社: Doubleday
ISBN-10: 0385535597
発売日: 2016/1/19
適正年齢:PG12
難易度:上級レベル(英語ネイティブの普通レベル、読みやすい)
ジャンル:ノンフィクション(政治、時事)
キーワード:Koch Brothers、コーク兄弟、政治、共和党、民主党、保守系シンクタンク

Trump 2Feb16

トランプ候補(筆者撮影。無断使用禁止)

2016年の大統領予備選では、政治評論家やジャーナリストがまったく予期しなかったことが起きている。テレビのリアリティ番組で有名になったビジネスマンのドナルド・トランプと、社会活動家の歴史が長く、無所属で知名度がほとんどなかった左寄りリベラルの上院議員であるバーニー・サンダースが熱狂的な支持を得ていることだ。

以前、別のメディアで何度か書いた が、この現象の背後には、「収入格差」というアメリカの社会問題がある。現在のアメリカでは、上位0.1%に属する少数の金持ちが持つ富は、下方90%が持つ富の合計と等しい。そして、70年代にはアメリカの過半数だった「中産階級」が消えつつある。

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若者に爆発的な人気のサンダース候補(筆者撮影。無断使用禁止)

これに加え、トランプ人気の陰には、かつてアメリカの中心的存在だった白人中産階級の鬱憤がある。
また、トランプとサンダース支持者に共通するのが、政府や議会、マスメディアといった「エスタブリッシュメント」への強い不信感と反感だ。

これらの現象は、すべてが自然に発生したものではない。少なくとも、収入格差やエスタブリッシュメントへの不信感については、それらを煽った犯人がいる。

 

 

その犯人を紹介する前にに、2016年の『フォーブス誌』の世界長者番付のトップ10を見てみよう 。

1位のビル・ゲイツから、ウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・エリソン、マイケル・ブルームバーグ、と馴染みある顔が並んでいる。だが、9位を引き分けしているチャールズ・コークとディヴィッド・コークの名前は、日本ではあまり知られていない。

彼らは、石油、天然ガスなどのエネルギー、肥料、穀物、化学物質などを広く手掛けるコーク・インダストリーのCEOと副社長だ。コーク・インダストリーは上場はしておらず、4人の兄弟が株の大部分を所有している。けれども、兄弟間の確執の結果、実質的に会社を動かしているのはチャールズとディヴィッドだ。2人の資産を合わせると、1位のビル・ゲイツの資産750億ドルを超える約800億ドルにもなる。

アメリカの政治に少しでも興味がある人なら、「コーク兄弟(Koch Brothers)」の名前は、共和党の最も気前が良い政治資金提供者として耳にしているはずだ。

だが、コーク兄弟がやってきたことは、金を使って自分の気に入りの候補を当選させただけではない。彼らは、アメリカ社会を根本的に変えるプランを立て、一般人が見えない場所で、何十年にもわたって根気よく実行に移してきたのである。

ニューヨーカー誌のベテランライターであるジェーン・メイヤー(Jane Mayer)が書いた『Dark Money』を読むと、現在アメリカの最大の問題である収入格差や、政治家への国民の不信感の陰に、大富豪たちの長年の策略があることがわかる。メロン・スケイフ、オーリン、ブラッドリーといったオールドマネーの名前も出てくるが、誰よりも目立つ活動をしてきたのがコーク兄弟だ。

コーク兄弟の祖父はオランダからテキサスに移り住んで富を築いた移民で、父親のフレッドは1920年代にスターリン政権のソ連で石油精製所建設に関わり、その時の苦い体験から反共産主義になり、右翼団体のジョン・バーチ協会を結成し、第二次世界大戦ではイタリアのムッソリーニを賞賛し、ナチスドイツと取引をした。ナチスドイツへのシンパでもあり、わざわざ息子の養育係に厳格なドイツ人女性を雇ったほどだった。そんな父の影響を受けたチャールズとコーク兄弟は、政府に極度の不信感を抱いて育ち、環境汚染を防ぐための規制や税金を敵視し、政府による福祉に反対で、経済的自由促進を強く信じるリバタリアンになった。

弟のディヴィッドは、1980年にリバタリアン党の副大統領候補として出馬したこともあるが、結果は失敗だった。人生で初めての大きな挫折で、彼らは真正面からの政治活動の限界を知り、もっと効果的で壮大な方法を思いつく。

ひとつは、膨大な富を利用し、地方自治体から連邦政府まで、全米の行政機関を自分たちの理念に沿う政治家で占めることだ。そして、もうひとつは、学問の看板を掲げたシンクタンクや非営利団体を作り、メディアや大学機関に入り込んで理念を広めていくというものだ。そのアイディアの元になっているのは、後に最高裁判事になった保守派の企業弁護士ルイス F. パウエルが1972年に書いた、「真の敵は、大学機関、説教者、メディア、知識人、文芸雑誌、芸術、科学だ」という文章だという。

コーク兄弟はコーク財団を作り、ケイトー研究所(Cato Institute)、ヘリテージ財団(Heritage Foundation) などの保守的なシンクタンクを多く支援した。ブッシュ政権の公共政策や外交政策のアドバイザーを多く送り込んだアメリカンエンタープライズ公共政策研究所(AEI)もそのひとつで、コーク兄弟やその仲間である大富豪から何億円もの支援を得ている。著者のメイヤーによると、表面的には研究所だが、実際には石油、天然ガス、石炭の企業による環境汚染を法的に正当化することと、企業の減税のために働く団体である。

コーク兄弟のコーク財団と同様の目標を持つのが、ジョン・オーリンのオーリン財団である。CIAの隠れ銀行として機能したこともあり、ハーバード、シカゴ、コーネル、ダートマス、ジョージタウン、マサチューセッツ工科大学といった多くの有名大学で保守的な思想を説くプログラムに何十億円も寄付し、それらのプログラムで学んだ者が、政府やシンクタンク、メディアで有名な論者に育った。

いっぽうで、彼らは自分の政策に反対する政治家や科学者に汚名を着せる活動もしてきた。

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予備選イベントでのクリントン夫妻(筆者撮影。無断使用禁止)

1993年に大統領に就任したビル・クリントンと妻のヒラリーは、ヘリテージ財団の大きな標的だった。ヘリテージ財団とは、メロン財団で有名なメロンの財産を引き継いだリチャード・メロン・スケイフとクアーズビール経営者のジョゼフ・クアーズが出資してできた保守系シンクタンクだ。

ヘリテージ財団は、クリントン夫妻の拠点であるアーカンソーにちなんだ「アーカンソー・プロジェクト」を作り、複数の私立探偵を雇ってクリントンに関する汚点を探った。そして、嘘混じりのわいせつな逸話を、アメリカン・スペクテーター誌に流したのである。この雑誌の資金もスケイフ家から来ている。

クリントン大統領の次席法律顧問ヴィンセント・フォスターの死が自殺と判明した後でも、スケイフはそれが殺人だとほのめかし、「(クリントンは)人々に命令して(都合が悪い人物を)始末する。(クリントン関係者で)ミステリアスな死を迎えた者が60人はいる」と取材に答えたこともある。

ヒラリー・クリントンが「右翼による大きな陰謀だ」と発言したとき、メディアは「思いすごし」と冷笑した。だが、ホワイトウォーター、トラベルゲート、ファイルゲートといったスキャンダルの陰には、本当にこのような大きな陰謀があったのだ。著者によると、クリントン大統領の弾劾裁判に至る数々の訴訟も、ヘリテージ財団が出資していたのだ。

根拠がない陰謀説であっても、いったんマスコミが騒げば、事実として記憶されてしまう。これらの陰謀説は、2016年の大統領選挙でもヒラリーへの攻撃として使われている。

「私的財産を使った、しかもその大部分は(非営利団体なために)税金控除さえある、スケイフによる超越したレベルのクリントンに対する抗争は、極端な信念を抱くたった一人の裕福な人間が、国家の情勢に打撃を与えることを示している」とジェーン・メイヤーは書く。

2000年の大統領選挙でアル・ゴアがジョージ・W・ブッシュに負けたのも、スケイフが火をつけたクリントンのスキャンダルの影響がある。アメリカの庶民は、知的な討論ができないブッシュを「自分たちみたいで庶民的だ」と歓迎したが、ブッシュ大統領は、決して庶民の味方ではなかった。高所得層と大企業に有利な減税を実施し、ウォール街に有利な規制緩和を行い、イラク戦争を開始し、不景気、失業率増加、金融危機をもたらした。

ロナルド・レーガン大統領の時代から共和党は右傾化してきたのだが、スケイフやコーク兄弟などの大富豪たちは、共和党の政治家を金で操る方法でさらに党を右寄りにしていった。彼らに反抗した政治家は選挙で破れ、政治生命を失う。こうして、共和党はひとにぎりの富豪たちに操られる党になったのだ。

オバマ大統領の政策に反対するティーパーティも、草の根運動のふりをしているが、実際はコーク兄弟らが作り出した人工的なものだ。メイヤーは、クリントンに対するスケイフの攻撃を「コーク兄弟によるオバマへの戦争のドレスリハーサルでもあった」と表現する。

アメリカ国民に政府への不信感を広めたのはティーパーティだけではない。マスメディアの責任も大きい。コーク兄弟らの陰謀はすでに知られていたのに、それをしっかりと伝えるかわりに、「トップ1%が残りの99%を抑圧している」、「政府も議会も機能していない」という表層的なニュースばかりを流し続け、その結果、アメリカ国民は、右寄りの人も左寄りの人も、まとめてプロの政治家をまったく信用しなくなってしまったのだ。

「反エスタブリッシュメント」の雰囲気が漂う現在のアメリカに現れたのが、ドナルド・トランプとバーニー・サンダースだ。

共和党の推定指名候補になったトランプは、これまで政治とは無縁だったビジネスマンだ。そして、若者に大人気のサンダースは、若かりし頃多くのデモに参加した社会活動家で、大統領予備選に出馬するまでは無所属だった上院議員だ。

どちらも、二大政党にとっては「部外者」であり、党を代表する候補でありながらも、自分の党をおおっぴらに批判している。有権者にとって、トランプとサンダースの魅力はここにある。党という体制に媚びることなく、自分たちの感じていることをそのまま代弁してくれる。

しかし、国民の怒りをエネルギーにするトランプとサンダースのムーブメントは、『毒殺か銃殺か? トランプが独走する共和党の運命はいかに』 や『正義の暴力がアメリカ中を揺らしている』 に書いたように、しだいに過激化し、党の存在を脅かすまでになっている。

「アメリカを改善するためには、このくらいの急激な変化が必要だ」と語る人は少なくない。だが、アメリカという巨大な国を破壊せず、99%の国民の収入を増やすのは簡単なことではない。

アメリカでは、法律の原案作成から法律の公布までには、異なる政党のメンバーで構成される委員会でのネゴシエーション、議会での討論と草案の変更、予算討論、再び委員会での話し合い、再び議会での討論と変更、そして最終的に投票というプロセスが必要だ。つまり、ひとりの政治家や大統領がどんなにピュアな理想を持っていても、求めるとおりの法律を作ることは不可能である。どこかで妥協をしなければならないし、妥協を拒んだら何も解決しない。

この部分にフラストレーションを覚えている真摯な政治家はいるし、フラストレーションを抱えながらも、国民のためになる法律を可決する努力をしている政治家はいくらでもいる。国を変えるためには、こういった政治家を地道に増やし、応援し続けるしかないのだ。

だが、トランプとサンダースの熱狂的な支持者たちは、その部分をまったく無視して、これまで地道な努力をしてきた政治家すら「エスタブリッシュメント」として否定し、批判している。

これでは、コーク兄弟らの思う壺だ。

しかし、コーク兄弟ら保守派の大富豪にとっての大きな皮肉は、計算にまったく入れていなかったトランプの登場だ。トランプは、コークたち富豪を必要としていないから、彼らの言うことはきかない。そして、コークらが作りだしたティーパーティの代表テッド・クルーズを退けて共和党の推定指名候補になり、このままでは大統領にもなりかねない勢いだ。

経済や外交面での政策がなく、行き当たりばったりで、毎日のように発言が変わるトランプは、安定を重視するウォール街やグローバル・ビジネスマンにとっては悪夢のような存在だ。トランプが大統領になったら、株が大暴落し、巨額の資金を失う可能性もある。そこで、トランプを阻止するために巨額を投じてコマーシャルを流しているが、それでもトランプの勢いは強まるばかりだ。

コーク兄弟らは、庶民の味方であるリベラルな政治家を潰す目的は果たしたが、その経過で、フランケンシュタイン博士のように、自分では操れない怪物まで作ってしまったのだ。

ニューズウィーク連載記事

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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