歴史的文書を模倣した心理スリラーのブッカー賞最終候補 His Bloody Project

著者:Graeme Macrae Burnet
ハードカバー: 290ページ
出版社: Skyhorse Publishing
ISBN-10: 1510719210
発売日: 2016/10/18
適正年齢:PG15
難易度:超上級
ジャンル:心理スリラー/文芸小説
キーワード:スコットランド、ハイランド、19世紀、不条理、殺人、告白手記、裁判記録、モッキュメンタリー
賞:ブッカー賞最終候補

スコットランド人の著者が祖父について調べているとき、祖父の故郷であるハイランドのアップルクロスの近くで1869年に起きた殺人事件について知る。3人を惨殺した17歳のRoderick Macraeは、貧しい小作人(crofter)でありながら、克明な告白手記を残していた。その巧みな文章力から他人の創作も疑われたが、数々の証言者の記録からは、Roderick(Roddy)が卓越した秀才であったことが明らかで、しかも本人でしか知り得ない詳細が綴られていた。著者は、Roderickの手記、村人の証言、アドボケイトの意見、精神科医の見解、裁判の記録から酷い事件の真相を浮かび上がらせようとする……。

本書がブッカー賞の最終候補になったとき、多くの人が驚いたようだ。スコットランドの小さな出版社から刊行された地味な心理スリラーであり、誰も注意を払っていなかったからだ。19世紀の殺人記録を検証する学術文献の形をとったこの作品は、本当にあったことだと信じそうになるほど信憑性がある。

Roderickの手記からは、過度に宗教的で冷淡な父親像が浮かび上がる。父と息子の関係だけでなく、父と娘の関係も灰色だ。明るくて皆に好かれていた母親にも、実は別の姿があったかもしれない。剖検の報告からは、Roderickが隠している真の動機が想像できる。

同時に、19世紀のスコットランド、ハイランド地方の過酷な暮らしも読みごたえがある。
犠牲者のLachlan Mackenzieは、自分の権力を乱用するために村の巡査役を買って出た男で、地主の許可なしには浜辺に打ち上げられた海藻を集めて畑の肥やしにすることも許さない。Lachlanのボスに対して「知らずに規則をやぶりたくないので、規則を教えてほしい」と要求したRoderickの父親は、「規則を知りたがるのは、その抜け穴を探そうとしているからにちがいない」とかえって責められる。規則は実際に存在するのではなく、皆があると思うことで存在するのだ。この不条理はカフカ的というか、Catch-22的だ。

殺人の犯人は最初からわかっているが、殺人者のRoderickは精神異常者だったのか? 殺人の動機はRoddyが語るとおりなのか? そうではないなら、何が動機なのか? ……それらの答えは、最後まで読んでも、ふつうの小説のようにクリアにはならない。

ここにHis Bloody Projectの魅力が潜んでいる。リアルな世界には、ミステリ小説のようにすっきりとした真実はない。読んだ人と一緒にあれこれ語り合いたくなる本だ(読んでいない人とだとネタバレになるので)。

2 thoughts on “歴史的文書を模倣した心理スリラーのブッカー賞最終候補 His Bloody Project

  1. 「モッキュメンタリー」という言葉は知らなかったのですが、なるほど~。事件の「真相」を知りたくて、のめりこんで読んで、最後に「えっ?」(笑)。まぁ、真相がはっきり書かれている心理スリラー小説ならば、ブッカー賞候補にはならないですよね。事件現場にいた Lachlan Mackenzie の認知症の老母、Roddy の亡くなった母と自殺した姉など、すっきりしない登場人物も気になっています。

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