著者:Tom Perrotta (映画化されているElection, Little Childrenなど)
ハードカバー: 320ページ
出版社: Scribner
ISBN-10: 1501144022
発売日: 2017/8/1
適正年齢:R
難易度:上級(文章は難しくないが、アメリカの日常英語を知っている必要あり)
ジャンル:現代小説/風刺小説
キーワード:親子関係、離婚、デート、レイプ、オンラインポルノ依存症、自閉症スペクトラム、トランスジェンダー、大学生活、成長
Tom Perrottaはアメリカでは相当有名な風刺小説家だ。ElectionやLittle Childrenなど、映画化された作品も多く、しかもヒットしている。
ところが、面白いことに、これまで邦訳されている作品はない。
それは、彼の小説が「文芸」ではなく、風刺の面白さも翻訳では通じないと判断されたからだろう。
その判断は正しいと思う。アメリカで日常生活を送っている人でないと、Perrottaの皮肉なユーモアは通じない。ただの愚かな人間像だけになってしまう。
8月に刊行される最新作『Mrs. Fletcher』も、Perrottaらしい作品だ。
この題名を読んだ(ある年齢以上の)人は、サイモンとガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」という曲と、それをテーマソングにした1967年の有名な映画『卒業(The Graduate)』を連想するだろう。
もちろんPerrottaはそれを見込んでいる。
タイトルになっているフレッチャー夫人(Mrs.Fletcher)は、離婚してから息子をひとりで育てたシングルマザー。手がかかる息子がようやく大学に進学することになり、生活の変化を楽しみにしている。
老人センターの所長として職員や老人たちから愛され、尊敬されているフレッチャー夫人だが、息子のブレンダンとは意思疎通に失敗している。スポーツマンのブレンダンは、ガールフレンドを粗末に扱い、大学でレイプ騒動を起こす。
いっぽう、46歳にしては若くて魅力的なフレッチャー夫人は、「ぼくのMILF」という謎のテキストメッセージを受け取る。MILFとは「Mother I’d Like to F**k」で、若者が性的に魅力的な一世代年上の女性に対して使う略語だ。
フレッチャー夫人は、息子の大学のルームメイトか友達が犯人ではないかと思う…。
この本は、離婚が多いアメリカの家族関係や、中年層のデートの実態、オンラインポルノ依存症、若い男性たちの間にある「レイプカルチャー」、トランスジェンダーに対する偏見、といった社会問題が盛りだくさんだ。そのうえ、心理的に未熟な若い男性が大学という新しい環境で犯しがちな、深刻な問題も取り扱っている。
とくに、フレッチャー夫人の息子ブレンダンは、典型的な「jock」だ。ジョックはアスリートだが、ただのアスリートではない。スポーツができる人気者の立場を悪用して、弱い者を脅したり、暴力を振るったり、女性に性的な暴力を振るったりする男性のことを示す。彼の言動を読んでいると、身勝手な夫に捨てられて、ひとりで息子を育てる責任を取らされたフレッチャー夫人が気の毒になってくる。
多くの社会問題を扱っているが、Perrottaは小説を通じて読者に教訓を与えようとはしない。
だから、読み終わって、「何を伝えたいのか?」とモヤモヤするかもしれない。
だが、Perrottaがやっているのは、社会観察、とくに人物観察の記録なのだ。昆虫観察とそう変わらない。そう思うと、彼の小説が面白くなってくるだろう。