徹底的に残酷な世界で生き残る「普通の人生」のオムニバス The Tsar of Love and Techno

作者:Anthony Marra
ペーパーバック: 384ページ
出版社: Hogarth
ISBN-10: 0770436455
発売日:2015/10/07
適正年齢:PG15
難易度:上級+(文芸小説に慣れていないと面白さがわからないであろう)
ジャンル:文芸小説/短編集
キーワード:ロシア、ソビエト連邦、スターリン政権、チェチェン紛争、シベリア強制収容所、政治犯、ミックステープ、キーロフ・バレエ団
賞:Rosenthal Family Foundation Award (2016)National Book Critics Circle Award Nominee for Fiction (2015)

毎年恒例の「これを読まずして年は越せないで賞」の長年の審査員である春巻まやさんの推薦で読んだ本。

読んでいる最中に何度も感じたのが「今までなぜ読まなかったのか!」という後悔。
2015年刊行だが、Marraの作品はまだ日本語に訳されていないようなので、審査員の話し合いで、2017年の「これを読まずして年は越せないで賞」の候補作にすることに決定。

それぞれ異なる者が主人公の短編だが、登場人物たちがどこかで繋がっており、全体的にひとつの小説になっている。この手法は、全米図書賞を獲得したLet the Great World Spinやピュリッツァーを獲得したOlive Kitteridegeでも使われているが、Marraの特徴は、前者2作品にある「救い」のようなものがまったくないことだ。

スターリン時代から現代(そして時間が不明の未来)までのロシアを舞台にしたThe Tsar of Love and Technoの世界は、徹底的に残酷だ。

最初の短編The Leopardの主人公は、政治犯とみなされた者の記録を写真から消し去ることを仕事にしている役人だ(The Commissar Vanishesというノンフィクションにそれが詳しく書かれている)。彼は、「政治犯」として処刑された弟も、彼の家族の写真からエアブラシで消し去った。しかし、彼は政治犯とみなされたキーロフ・バレエ団のプリマドンナをすっかり消し去ることができず、彼女の手だけを残してしまう。そして、最終的にはそれが証拠となって政治犯として逮捕されることになる。

舞台はレニングラードからロシア北西部にあるキロフスク(Kirovsk)に移る。鉱物の採掘と廃棄物で汚染されたこの都市にあるのは、水銀の湖と人工の森で、住民の二人に一人は肺がんで死ぬ。

強制収容所に送られたプリマドンナの孫娘は、この水銀の湖で初めてのデートをする。
だが、恋人は兵役でチェチェン紛争に送られてしまう。彼女が戦争に行く恋人のために作ったのが、カセットのミックステープだった。

この小説は、ミックステープのようにSideA、Intermission、SideBという三部の構成になっている。

Marraの描く世界には、善人はいない。甘い恋もなければ、希望もない。だが、バイオレンスと死、裏切りと自己欺瞞だけはたっぷりある。

無実の罪で処刑されるのがあたりまえで、愛が生き残れない残酷な世界を描いているというのに、なぜか笑える箇所がけっこうあるのだ。そして、汚染された湖に胸をえぐられるような美しさを感じることも。

そこが、Marraの類まれな才能なのだろう。

最後の短編の次の部分には、つい涙した。

The calcium in the collarbones I have kissed. The iron in the blood flushing those cheeks. We imprint our intimacies upon atoms born from explosion so great it still marks the emptiness of space. A shimmer of photons bears the memory across the long, dark amnesia. we will be carried too, mysterious particles that we are.

どうしてこれが悲劇的かつロマンチックなのか、最後まで読んでみてほしい。

1 Comment

  1. 背景知識不足や英語力不足のせいで「これ何を言っているの?」と読み返し、それでもわからないこともあり、すらすらとは読めませんでしたが面白かったです。物語の構成や全体に散りばめられた伏線が見事で、スケールの大きい小説だと思いました。不条理な世界に生きる絶望的な無力感、シュールで皮肉な笑いが圧倒的ながら、ほろりとさせる人情劇も数々あるのがよかったです。「2017年これを読まずして年は越せないで賞」の部門別最優秀賞に輝いたのも納得です(←他の候補作を読んでいないくせに言うのもなんですが・・・)。

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