アメリカ中を騒がせている注目のトランプ暴露本 Fire and Fury

著者:Michael Wolff
ハードカバー: 321ページ
出版社: Henry Holt & Co
ISBN-10: 1250158060
発売日: 2018/1/9(1/5に前倒し)
適正年齢:PG(罵り言葉が多い)
難易度:中級+(文法的には日本の高校英語で十分。だが、慣れていない人はスラングや政治関係の単語がわかりにくいかもしれない)
ジャンル:回想録/暴露本
キーワード:トランプ、大統領選、ホワイトハウス、スティーブ(ン)・バノン、イヴァンカ、ジャレド・クシュナー、ロシア疑惑

トランプ大統領とホワイトハウスの内情を暴くノンフィクション『Fire and Fury: Inside the Trump White House』は、発売前に一部がメディアで紹介されて話題になっていた。

ホワイトハウスは出版の差し止めを請求したのだが、出版社のHenry Holt and Co.はそれに応じず、発売日を前倒しして5日に発売した。トランプ大統領の過剰反応がかえって読者の好奇心をそそったのだろう、発売日に全米の書店でハードカバーが売り切れ、アマゾンでもハードカバーは在庫切れ、キンドル版とオーディオブック版がベストセラー1位になった。

じつは、著者のマイケル・ウルフ自身も、この本のターゲットに負けないほどコントロバーシャルな人物である。ニューヨークを拠点に出版・メディア業界で長いキャリアを持つが、あちこちで摩擦を起こし、多くの人々を怒らせてきた。そのひとりが、タイムズ、20世紀フォックス、ウォール・ストリート・ジャーナルを次々と買収していったニューズ・コーポレーションの創始者かつCEOであるルパート・マードックだ。ウルフはマードックに接近して親しくなり、2008年に『Man Who Owns The News』という伝記を書いた。しかし、マードックが想像したような高尚で好意的な内容ではなく、まるでゴシップ雑誌のように嘲笑的で批判的なものだった。むろんマードックは激怒したという。

ウルフは、トランプ大統領のホワイトハウスに入り込んで200以上の取材を行ったというが、彼の経歴について忠告してやる者はいなかったのだろうかと不思議になる。忠告する者がいなかったのは、彼が書いた作品を読んだ者がいなかったからかもしれない。トランプ大統領は新聞の見出し以上の活字は読まないことで知られるし、ウルフによると彼の側近や家族で少しでも本を読む(読める)のは、スティーブン・バノンだけらしい。

通常、大統領やホワイトハウスに接近できるのは、その道でしっかりしたキャリアを持つ者だけであり、それを確認するために多くのプロが下調べをする。ウルフがこのような暴露本を書けたという事実そのものが、トランプ大統領のホワイトハウスが国を指導する最低限度の知識と能力に欠けたアマチュア集団だということを示している。

まるでその場にいるような感覚を与えるウルフの文章は、ゴシップ雑誌やタブロイド新聞的だ。個々の人物の発言の信憑性は確かではないが、これらがまったくの「偽り」だ思う内容はほとんどない。アメリカのニュースを追っている人であれば、これまでにメディアに流れたリークですでに知っていることばかりだ。また、私が実際にその場にいた人からオフレコで聞いたエピソードのいくつかも一致している。発言の中での単語の選択や表現などでの誤報はあるかもしれないが、全体像としてはそう現実から遠くないと思わせる。

先にも書いたが、内容に驚きはほとんどない。

興味深いと思われる点をいくつか紹介しよう。

  • トランプは、混迷する選挙陣営を立て直す選対本部長の役割を、最初は古くからの友人であるロジャー・アイレスに依頼した。アイレスは保守系ニュース放送局「フォックスニュース」の元CEOであり、セックススキャンダルで職を追われるまで、保守系メディアで最も大きな権力と影響力を持っていた人物だ。彼は、トランプのことを「自制心がない。目的達成のための戦略を立てる能力がない」そして「理念のない反逆者(a rebel without a cause)」とみなしていた。また、アドバイスを受け入れないどころか耳も傾けないトランプの性格を知っているので依頼を断った。その1週間後にその役割を引き受けたのがスティーブン・バノンだった。
  • トランプと選挙陣営は大統領選に負けると信じていた。勝利は本人にとってもショックであり、それまでの静かな生活に戻るつもりだったメラニア夫人は失望の涙を流した。
  • トランプは負けるつもりだったし、大統領の仕事そのものには興味がなかったので、政権の人材や閣僚についてまったく考えていなかった。また、選択の範囲も狭かった。国家安全保障担当補佐官を選ぶときに候補があまりないことについてバノンはこう言った。「(選挙中にトランプは大統領にそぐわない人物だという書状を共同署名で公開した将官ら)ネバー・トランプ全員と(アフガニスタンとイラク)戦争に巻き込ませたネオコン全員を取り除いたら、あまり控え選手はいない」
  • トランプには政治的な信念や政策はない。すべての政策は、そのときに誰の意見が頭に残っているかで決まる。それは誰にも予期できないし、強く押しすぎると、かえって逆効果になりかねない。
  • トランプの初期のホワイトハウスには、白人至上主義のオルタナ右翼過激派のバノン、ウォール街と密着するニューヨーク式民主党のジャレド・クシュナー、元共和党全国委員長で就任時に首席補佐官に任命されたラインス・プリーバスの3つの勢力があった。国の運営について少しでも知識があるのはプリーバスだけだったが、トランプ政権での影響力はなく、彼が長続きしないことは最初からわかっていた。
  • ジャレド・クシュナーと妻のイヴァンカは、将来機が熟したら、大統領選に出馬するのはイヴァンカのほうだという約束を取り交わした。イヴァンカは「初めての女性の大統領は、ヒラリーではなく、イヴァンカ・トランプ」と自分で悦に入っていたという。
  • トランプの多くの政策は、クシュナー夫婦(バノンはジャレドとイヴァンカをくっつけて「ジャーヴァンカ」と嘲笑的なニックネームで呼んだ)とバノンの2大勢力の戦いの結果であった。
  • 極右の政策が通ってきたのはバノンの勝利であり、オバマ大統領の健康医療保健改革の破棄、税改革は、ポール・ライアン下院議長によるもの。
  • 「パリ協定脱退」は、協定に残ることを強く推すイヴァンカに対する、バノンの勝利だった。バノンは「やったぜ(Score)」、「あのビッチはこれで終わりだ(The bitch is dead)」と勝利を祝った。
  • トランプ大統領はメディアへの情報漏えいについて怒りを示したが、バノンはクシュナー夫婦についてダメージがある情報を故意に流し、クシュナー夫婦は逆にバノンについて流した。全員が疑心暗鬼で敵を倒す企みをしており、ウルフによると「全員が 情報漏えい者」だった。
  • 最大の情報漏えい者は、ウルフによると、トランプ自身だ。「大統領は、喋るのをやめられない」とウルフは書く。テレビで自分についてネガティブな話を聞くと、友人などに電話して30分から40分にわたって、失敗を他人のせいにし、愚痴を言い続ける。それが習慣化している。電話を受け取ったほうは、会話の内容に驚き、心配し、他の者に打ち明ける。その内容が広範囲に広まる。
  • 選挙中の6月、トランプの長男ドナルド・ジュニアとイヴァンカの夫ジャレド・クシュナー、当時の選対本部長ポール・マナフォートの3人は、トランプタワーでロシア人のアラス・アガラロフに会った。アガラロフはロシア政府のロビーストで諜報員の疑いもある人物であり、会合の内容は、ヒラリー・クリントンに関するネガティブな情報を提供するという申し出だった。率先したのはジュニアで、イヴァンカとジャレドに促され、父の歓心を買おうとしたようだ。それについては、会合の前に複数の受信者つきで多くのEメールが交わされていた。
  • バノンが後にそれを知ったとき、「たとえそれが国家への背信的行為か、非国民なことか、くそったれなことだと思わなくても、俺は全部だと思うがね、即座にFBIを呼ぶべきだった」と言った。
  • 一時期はトランプのブレイン的な存在だったバノンだが、クシュナー夫婦だけでなく内部に多くの敵を作りすぎた。そして、『アメリカン・プロスペクト』誌の取材でロバート・カットナーに対中、対北朝鮮で大統領とは異なる持論を述べ、同僚を堂々と批判したことが失脚の決定打になった。

ウルフの暴露本に対し、トランプは報道官を通じて次のような声明を出した。
「スティーブ・バノンは、私や大統領の地位には無関係だ。クビになったとき、彼は仕事を失っただけでなく、正気も失った」

引き続きトランプは著者のウルフとバノンをツイッターで攻撃し、侮辱した。そして、次は連続ツイートで自画自賛した。

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(生涯通しての私の二つの偉大な長所は、精神的な安定と、なんというか、すごく賢いことだ。悪徳ヒラリー・クリントンもこれらの切り札を懸命に使ったけれど、みんなも知っているように、燃え落ちた。私は、非常に成功したビジネスマンから、テレビのトップスターになり、(初めての試みで)アメリカ大統領になった。私は賢いだけでなく、天才としての資格があると思う……しかも、非常に安定した天才だ)

これまでの大統領では想像できない下卑な対応だが、トランプに関してはまったく予想どおりだ。

あまりにも想定内であるために、トランプ自身がウルフの暴露本の信憑性を高めている。この本に描かれているトランプの人物像そのものなのだから。

『Fire and Fury』には、トランプの人間関係のパターンも書かれている。周囲には絶対の忠誠を誓わせるくせに、忠誠を示す者に残酷なしうちをする。また、人を利用したいときにはチャーミングになって仲良くなるが、いったん利用価値がなくなった者へは非常に冷淡になる。元フォックスニュースCEOのロジャー・アイレスは、本部長にならなかったものの、トランプとバノンを影で援助し続けた。だが、彼が急死したとき、トランプは葬式で未亡人にメッセージすら送らなかったという。

バノンに対する手のひらを返したような態度も同類だ。白人至上主義者を取り込むバノンの戦略がトランプの意外な勝利に貢献したのは事実だし、バノンに感謝するツイートもしている。それなのに、今となっては「勝利に彼は関係ない」と否定している。

この暴露本は、特に重要な新事実は提供していない。

だが、人間としてのトランプの卑小さは露呈している。

アメリカには、何があってもトランプ大統領への支持を変えない強固な支持者が38%ほどいる。「トランプはトランプ。そこが良いところ」という人たちだ。それにいったん洗脳されたら、人は自分の信念に反する情報を選択的に拒否するようにできている。

だが、人は論理ではなく、感情で動くものだ。あまり期待はできないものの、暴露本がこの数字に影響を与えるかもしれない。

支持の数字が明らかに下降したら、これまでおおっぴらにトランプ大統領に反発できなかった共和党議員が自分の地位を守るためにようやく動き出すだろう。そこが今後の注目点になる。

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