作者:Kate Mascarenhas
ペーパーバック: 368ページ
出版社: Head of Zeus; UK Airports ed版
ISBN-10: 1788540115
ISBN-13: 978-1788540117
発売日: 2018/8/1(イギリス)、2019/2/12(アメリカ)
適正年齢:PG15
難易度:上級(文章そのものはシンプルだがコンセプトが理解しにくい)
ジャンル:SF/スペキュラティブフィクション
キーワード/テーマ:タイムトラベル、心理学、女性科学者、友情、愛、裏切り、同性愛
1967年、マーガレット、バーバラ、ルシル、グレースの4人の女性科学者チームが人類初めてのタイムトラベルの方法を開発した。だが、バーバラが記者発表の直前に神経症的な症状を起こし、チームのリーダー的存在だったマーガレットはバーバラをグループから締め出し、ルシルとグレースにもバーバラとの縁を切るよう命じた。
マーガレットは「コンクレーヴ(Conclave)」というタイムトラベルを独占する組織を設立し、独裁者のように運営していく。歴史の時間や国により法が異なるので、コンクレーヴには独自の法と司法組織がある。コンクレーヴは外部からはアンタッチャブルな組織に発展していった。マーガレットは、バーバラのように精神的に脆弱な者が現れないような雇用方法を編み出すために、大学のスポーツ部や軍隊が新人を洗礼するときのような「いじめ」のイニシエーションを行うことにする。そし、そのいじめを乗り越えた強い精神力がある者だけがコンクレーヴで働くことができるというシステムが出来上がった。
タイムトラベルは過去にも未来にも旅をすることができるが、遡れる過去はタイムマシンができた1967年までだ。そして、未来の自分が過去の自分に会うこともできる。若い時の自分を「グリーン」、歳を取った自分を「シルバー」と呼ぶなど、タイムトラベル専門用語も多く生まれた。
発明から50年経った2017年にも、タイムトラベルはまだ一部の特殊な者だけができるものだった。
仲間から見捨てられたバーバラは、今でもタイムトラベルのことが忘れられないでいる。心理学者である孫娘のルビーは、ビーおばあちゃんの過去の同僚であるグレースから謎めいたメッセージを受け取る。それがビーおばあちゃんの死の予告ではないかと心配でならない。
ルビーに会いに来た過去の「グリーン」なグレースは、「シルバー」のグレースが変わってしまったことを冗談のように語る。何度も時間の旅をするうちにタイムトラベラーは独自の精神的な問題を抱えるようになるらしい。ひとつは、「死」に対する無感覚だ。自分が死んだ後の年代にもタイムトラベルできるし、過去に旅して死んだ者にも会えるタイムトラベラーにとって「死」の意味が薄れてしまうのだ。
そして2018年、オデットという若い女性がある博物館の鍵がかかった地下の部屋で死体をみつけた。死んだ女性の顔と手が銃弾で破損しており、身元が不明だった。この謎に惹かれたオデットは、真相を究明するためにコンクレーヴに就職することを決める。
この謎の死の背後には、コンクレーヴに関わった多くのタイムトラベラーたちの「精神的な問題」があった……。
私は子ども時代にSFにどっぷりはまった時期があるのだが、最近になって娘から指摘されるまで気づかなかったことがある。それは、当時有名だったSFは「主要人物がすべて男性」ということだった。女性はお飾りのような存在なのだ。私が気づかなかったのは、そういうSFしかなかったからだろう。
このThe Psychology of Time Travelは、そのまったく逆のSF(スペキュラティブフィクション)である。主要人物はすべて女性であり、男性の登場人物はささいな脇役でしかない。恋愛と三角関係もあるが、それも女性同士だ。
そのあたりも非常に興味深いし、タイムトラベルによる心理的な影響やコンクレーヴという閉ざされた世界の設定も面白い。だが、全体的には期待はずれだった。
理由のひとつは、作者のMascarenhasが作り上げたタイムトラベルの法則だ。
フィクションなのだからどんな法則を作るのも自由だ。だが、過去の自分と未来の自分が会話したり、一緒に食事をしたりできるという設定には無理がある。また、過去や未来に旅して、その時代の者と接触し、死ぬ日を教えたり、恋愛までしても未来が変わらないというのは辻褄があわない。それなら、個人の「選択」など何の意味も持たないし、就職の努力の意味もない。恋愛だってそうだ。つきつめると生きる意味さえない。
もうひとつは人物造形だ。せっかく女性ばかりの小説なのに、主要人物たちが男性が「女はこれだから嫌だ」というようなタイプばかりなのだ。非常に冷酷で残忍な女性、やや残忍な女性、自己中心的な女性、優柔不断な女性、弱い女性しか出てこない。そして、どの人物も深みがない。彼女たちがどんな運命を辿ろうと、どうでもよかった。
興味深いテーマなのにイライラともやもやのほうが多くて楽しめず、本当に残念なSFだった。