ミレニアル世代の大統領候補ピート・ブーテジェッジの魅力とは? Shortest Way Home

作者:Pete Buttigieg (2020年大統領選 民主党予備選候補)
ハードカバー: 352ページ
出版社: Liveright Pub Corp
ISBN-10: 1631494368
ISBN-13: 978-1631494369
発売日: 2019/2/12
適正年齢:PG(政治に興味があれば何歳でもOK)
難易度:上級
ジャンル:ノンフィクション/回想録/政治・政策
キーワード/テーマ:大統領選、民主党、インディアナ州、サウスベンド市、LGBTQ、経済

次回の大統領選挙の投票日は2020年11月3日だが、予備選挙はすでにスタートしている。

アメリカ大統領には2期(8年)という任期の制限がある(大統領の死亡などで引き継いだ場合には10年が制限)。現職大統領のトランプはまだ一期なので、彼が属する共和党サイドでは対立候補はほとんど現れていない。元マサチューセッツ州知事のビル・ウェルドが立候補を前提とした準備委員会を設置し、2016年で予備選を戦ったオハイオ州知事のジョン・ケーシックが考慮しているとのことだが、トランプを破る可能性は低いとみなされている。

一方でトランプの再選阻止を狙っている民主党側では、立候補を前提とした準備委員会を設けている候補を含めると4月8日現在でなんと20人が名乗りを挙げている。まだ立候補を表明していないものの世論調査ではトップに位置するジョー・バイデン元副大統領を含めると21人という賑やかさだが、さらに数人が加わる可能性がある。

これらの候補にとっての最初のハードルは6月末と7月初頭に行われる最初の民主党ディベートだ。これらのディベートに参加する資格を得るためには、世論調査で1%以上の支持を得るか、あるいは個人からの寄付金を6万5000人以上から集めなければならない。

ディベートにすら出られない候補はこの時点でほぼ落脱する。ディベートに出られても、その場で全米にアピールできなかった候補は、選挙活動に必要な資金が集められない。こういった理由から、予備選の最初の投票までに過半数は脱落するであろう。

予備選の最初の投票は2020年2月3日のアイオワ州のコーカス(党員集会)で、州全体の有権者を対象にした投票としてはニューハンプシャー州の2月11日が皮切りになる。この2つの州のどちらかでトップ3位かそれに近い票が取れなかった候補も、このあたりで続けるかどうかを決意せざるを得なくなる。

このように大統領選はとても長い。2019年4月の時点では「この先何が起こるかわからない」としかいえない初期段階にすぎないのだが、民主党サイドでの予備選はすでに盛り上がっている。

その中でも「若かりし頃のバラク・オバマを連想させる」として注目されているのが37歳のピート・ブーテジェッジ(本人による発音の方法はboot-edge-edge)だ。つい数カ月前までは無名の存在だったのに、4月7日に発表されたエマーソンの世論調査では、本命視されているカマラ・ハリス(7%)やロックスター的な扱いをされているベト・オルーク(8%)を抜き、ベテランのエリザベス・ウォーレン(14%)に迫る11%の支持率を得ている。

人口が約10万人のインディアナ州サウスベンド市の市長でしかないブーテジェッジがなぜこれほどの人気を集めているのか知るために2月12日に発売されたブーテジェッジの回想録『Shortest Way Home(故郷への近道)』を読んでみた。

「東部標準時間帯最西端のこの地では夜明けは遅れてやってくる。海岸から遠く離れているために、元旦の日の出は8時を過ぎてようやく訪れる」という故郷のサウスベンド市を紹介する最初の1行を読み始めてすぐに胸踊る興奮を覚えた。風景が目の前に浮かんでくるような素晴らしい文章なのだ。政治家が書いた回想録でこれほどの文章力はめったにない。その前の冒頭の引用文がアポロ11号のマイケル・コリンズのものだというのにも感心した。アポロ11号の宇宙飛行士を引用するとき、普通の人なら最も有名なニール・アームストロング船長かポップカルチャー的な認知度があるバズ・オルドリンを使う。けれども、アポロ11号に関して最も優れた回想録を書いたのは月には着陸しなかったマイケル・コリンズなのだ。ゴーストライターを使っていないのは明らかだし、その後何度も出てくる引用からもブーテジェッジの知的好奇心の幅広さを感じる。

ブーテジェッジはハーバード大学で歴史と文学を専攻し、ハーバード大学ケネディ行政大学院の機関のひとつであるインスティチュート・オブ・ポリティクスの学生諮問委員会の委員長を務め、summa cum laude(最優秀)の成績で卒業した。そして、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学して哲学と政治・経済学を学び、試験で1位の成績を取って卒業した。この学歴を知ると、ブーテジェッジの知的な文章が納得できる。まるで「神童」のようだが、卒業後に国際的に有名なコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した時点までは、頭脳明晰な歴代の民主党の大統領や候補らとあまり変わらないとも言える。

ブーテジェッジのユニークさは、眩しいほどの輝く学歴を持ちながら、高収入の仕事を捨てて故郷のインディアナ州に戻り、公のために尽くせる仕事に就こうとしたところだ。

彼の選択がどれほど特殊なことかを知るためには、アメリカにおけるインディアナ州の立ち位置を知る必要がある。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』で日本でもよく知られるようになったアメリカ中西部の「ラストベルト」の一部であり、かつて工業地帯として栄えたが、その後はアメリカの繁栄に取り残された地域だ。

ブーテジェッジの生まれ故郷で名門ノートルダム大学があるサウスベンド市でも、放置された建物の廃墟が幼いピート少年の原風景になっていた。宗教保守のカトリック教徒が多く、マイク・ペンス副大統領がインディアナ州知事だったときに、個人や企業がLGBTQへの差別を許す「宗教の自由回復法」に署名して全米から批判を浴びた保守的な地域でもある。2008年はオバマ大統領が過半数を獲得したが、それ以外の大統領選では1968年以降ずっと共和党の候補が勝ち続けている共和党が強い州なのだ。

ブーテジェッジは、わざわざそんなインディアナ州に戻り、民主党の候補として勝ち目がない州財務官の選挙に27歳の若さで出馬したのである。たとえ当選しても、収入はこれまでの何十分の一になるというのに。この選挙には落選したが、彼は周囲の勧めでサウスベンド市の市長選に挑み、74%の得票率で当選した。このとき彼はまだ29歳だった。

これだけでもブーテジェッジは十分ユニークなのだが、彼は国民としての義務を感じて海軍予備軍にも入隊したのだ。そして、2014年に市長の仕事を休職してアフガニスタンに従軍した。戦地で7カ月を過ごし、同僚の死も間近に体験した彼は帰国後にある決意をした。それは、同性愛者であることを公表することだった。

先に書いたように、インディアナ州は保守的な地域だ。サウスベンド市にはLGBTQの人権を守る法があるが、州全体にはない。これまで彼を支持していた人々も彼がゲイだと知ったら背を向けるかもしれない。そういう懸念はあったのに、彼は地元の新聞で同性愛を公にし、その5カ月後に80%の得票率で市長に再選されたのである。

東海岸のニューヨーク市や西海岸のサンフランシスコ市のように超リベラルな地域であれば、同性愛者が市長に当選しても不思議はない。だが、サウスベンド市は同性愛者を堂々と差別できる法ができたインディアナ州にある。父親がマルタ共和国出身なので、ブーテジェッジは移民2世ということにもなる。そして、ラストベルトの人々は東海岸や西海岸の有名大学で教育を受けたエリートを毛嫌いする。これほどマイナスの要素が揃っているのに8割の市民の支持を得て再選されたところを見ると、ブーテジェッジが党派を超えて本当に市民から愛されていることがわかる。

ブーテジェッジ市長はカミングアウトしてからボーイフレンド探しを始めた。回想録で本人が告白しているが、30歳を過ぎるまでデートの訓練をしてこなかった彼の恋人探しの悩みが生真面目でブーテジェッジの性格を際立たせている。それまで頼みもしないのに娘や親戚の若い女性などを紹介してきた母親の世代の知人は息子や甥を紹介してはくれない。大学の友人たちが紹介してくれるのはニューヨークなど遠距離の者だけだ。

だが、サウスベンド市は同性愛者が日常生活で付き合う相手を簡単に見つけられるような地域性ではないし、市長として地元で探すのは「倫理的な地雷原」である。そこで、「マッチ・ドットコム」や「オーケー・キューピッド」を使って付き合う相手を見つけたところはさすがミレニアル世代だ。ブーテジェッジはここでシカゴの教師チャスティンと出会い、2017年に公の場で婚約を発表して2018年に結婚した。

インターネットでのブーテジェッジ人気の秘密兵器は夫のチャスティンのツイッターなのだという話もニューハンプシャー州で耳にした。温かい人間性とユーモアのセンスが感じられるチャスティンのツイッターアカウントには約23万人ものフォロワーがいて、カップルがシェルターから引き取った愛犬のトルーマンとバディにも人気のツイッターアカウント(フォロワー4万6000人)がある。これらを通じて、ブーテジェッジらはアメリカの保守的な地域の人々にも同性婚も男女の結婚と変わらないのだというメッセージを暗黙のうちに伝えているのである。

テレビ出演もブーテジェッジ人気に拍車をかけている。通常の報道番組だけでなく、有名なトーク番組の数々、そして、トランプ大統領への強い支持を明らかにしているフォックス・ニュースの番組にも出演している。これまでの政治家は都合の悪い質問をされると、それに答えるふりをして自分の言いたいことだけを語る癖があり、聴衆もそれに慣れていた。ところが、ブーテジェッジはどんな質問をされても即座に真正面から実直に答えるのである。視聴者は「彼は、ちゃんと質問に答えている!」と驚いた。「ブーテジェッジは現時点で2020年の大統領選で最もホットな候補である」という見出しのCNNの記事も、これまで彼の存在を知らなかった有権者に「なるほど、現在最もホットな候補なのか」と名前を教えるきっかけになった。

それらの影響を受けたのだろう。ブーテジェッジの回想録はベストセラーになった。出版社にとっても意外だったのか、3月後半にはアマゾンでハードカバーが売り切れになり、4月9日現在も在庫切れのままだ。そして、全米最大手書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルのマサチューセッツ州最大の店舗でも4月5日に訪問した時点で残り1冊で入荷の予定が不明だという品薄状態だった。

この人気が実質を伴うものなのかどうかを確かめるために、4月5日にニューハンプシャー州マンチェスター市で行われたピート・ブーテジェッジのイベントに出席した。

風が強い摂氏2度の寒さにもかかわらず、会場の美術館の前には開始の3時間前から有権者が列を作って待っていた。詰めかけた報道陣も、他の候補より格段に多い。消防法で300人しか入れない施設なので、せっかく何時間も待ったのに入れなかった人々が500人ほどいたらしいが、ブーテジェッジは、家に戻らずに待ち続けた200~300人の有権者に対してまず話をしたようで、会場内の舞台には遅れて登場した。

彼が姿を見せるやいなや、会場全体から「ピート!ピート!」と歓迎のチャントが湧き上がった。私の横にいた60代と思われる姉妹は、まるでロックのショーかのようにブーテジェッジに声をかけたり、飛び上がって互いにハイタッチをしたりしている。これも別の候補たちとはまったく異なる反応だ。すでに名前が知られているフロントランナーのバーニー・サンダースやジョー・バイデン元副大統領ならともかく、予備選の初期ではこんなに熱狂的な歓迎はまずない。

観衆の熱狂とは対照的に、ブーテジェッジはとても穏やかだった。そして、テレビに現れたときのように、シャープに政策を語りながらも礼儀正しく上品である。さらに際立った特徴は、難しい政策を語るときのわかりやすさだ。

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オバマ大統領もそうだったが、リベラルで高学歴の政治家は難しい表現をよく使う傾向がある。また、語り口から「私たちは、あなたのためにこういう政策を作ってあげている。トランプ大統領がやっていることは、あなたの利益になっていないのに、なぜそれが理解できないのか?」という上から目線の態度がにじみ出てしまう。中西部のラストベルトの人々が西海岸や東海岸のリベラルエリートを嫌うのは、この見下した態度なのだ。それをブーテジェッジはよく知っている。だから、ふだんから有権者と同じ目線で語るように心がけているのだ。簡単そうで簡単にはできない技術である。

ブーテジェッジのイベントの後で、参加した有権者たちから話を聞いてみた。予備選で最も重要なバトルグラウンドであるニューハンプシャー州には多くの大統領候補が毎週訪れる。彼らのスムーズな演説や約束に慣れきっているニューハンプシャーの有権者を説得するのは難しいのだが、彼らは口を揃えて「非常に印象的だった」、「予想していたより良かった」と感心していた。

ことに、「(トランプの)下品な攻撃に対して、(リベラルは)同じような攻撃で対応するべきではない」というブーテジェッジの姿勢や、市民のためになる問題解決のために対立する党や政治家と協働してきた実績に共感を覚えたようだ。37歳という年齢についても「今の大統領よりずっと成熟している大人」「若い世代のほうがいい」とポジティブな回答のみであり、欠陥だととらえていた人は皆無だった。

つい最近まで無名だったブーテジェッジがこれほど多くの有権者を魅了しているのは、「現在の大統領と正反対」という部分なのだろう。懐古主義で、反知性主義で、下品になった現在のアメリカを、ブーテジェッジのように若く、知的で、上品なアメリカに戻したいと願っているアメリカ人は決して少なくないことを感じた。

ブーテジェッジのイベントの後、「アメリカを再び偉大にしよう(Make America Great Again)」というトランプのスローガンに対する「アメリカを再びまともにしよう(Make America Decent Again)」とつぶやく有権者の声が聞こえた。

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ガーシュウィンのファンだと教えてくれたブーテジェッジ。7カ国語を理解でき、そのうち4ヶ国語は流暢なレベルだという。

(2019年4月11日、ニューズウィーク日本語版掲載記事)

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