作者:Andrew Yang(2020年大統領選、民主党予備選候補)
ペーパーバック: 304ページ
出版社: Hachette Books; Reprint版 (2019/4/2)
言語: 英語
ISBN-10: 0316414212
ISBN-13: 978-0316414210
発売日: 2019/4/2
適正年齢:PG(政治に興味があれば何歳でも)
難易度:中級+
ジャンル:ノンフィクション/政策、回想録
テーマ:大統領選挙、民主党、リベラル、AI、雇用対策、ヒューマン・キャピタリズム、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)、フリーダム配当金、ソーシャル・クレジット(Social Credits)、タイムバンキング
2020年米大統領選の予備選がすでに盛り上がっていることをニューズウィークの記事で語った。
この中で、政治の未経験者でありながらインターネットで情熱的な支持者を集めている民主党候補がいる。ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)を強く推している44歳のアジア系アメリカ人、アンドリュー・ヤングだ。
ヤングが「フリーダム配当金(Freedom Dividend)」と呼ぶUBIは、18歳から64歳(社会保障での通常の引退年齢の設定が65歳だから)のアメリカ市民全員に毎月1000ドル(約11万円)を支給するというものであり、世界で最も大金持ちのジェフ・ベゾスも無職の人も平等の扱いである。
この部分だけを取り上げると、「最低賃金を時給15ドルに引き上げる」ことを政策の看板にしてきたバーニー・サンダースよりもヤングのほうが左よりの社会主義者のようなイメージを与えるかもしれない。しかし、ヤングは伝統的な「社会主義者」のカテゴリに属する候補ではないし、そもそも「右か左か」という決めつけが間違いだと考えている。
ブラウン大学卒業後にコロンビア大学の法学大学院を卒業したヤングは25歳で最初の会社を起業して以来いくつものテクノロジーと教育関係の会社を設立あるいは経営してきた。そして、2011年に非営利団体「Venture for America」を創設し、経済成長に取り残されたアメリカの中西部を中心に若者の起業を助けてきた。
そんなヤングは根本的には自由主義者であり資本主義者なのだが、ビジネスマンとして、2人の息子を持つ父親としてアメリカの現状を見ているうちに危機感を覚えるようになった。最先端のテクノロジーとビジネスを知る彼が冷静な分析をし、深く考えた末に人のウェルビーイング(福利と幸福)と充足感に対応する新しい形の資本主義である「ヒューマン・キャピタリズム」という政治信念にたどり着いた。
アンドリュー・ヤングが2018年4月に刊行した『The War on Normal People(普通の人々に対する戦争)』を読むと、彼がこの信念に到達した思考回路がよく理解できる。
この本の副題である「 The Truth About America’s Disappearing Jobs and Why Universal Basic Income Is Our Future(アメリカで消えつつある職についての真実と、ユニバーサル・ベーシック・インカムこそが我々の将来である理由)」で想像できるように、ヤングはまずアメリカで仕事が消える未来を数字を使ってシビアに描いている。
アメリカの政治家は口癖のように「私は職を沢山作る」と約束する。だが、どんなにあがいても、AIが多くの一般人の仕事を奪う未来を変えることはできない。AIに仕事を奪われても、他の仕事に就けばいいと思うかもしれない。だが、テクノロジーの進化によって新たに作られた仕事には特別な知識やスキルが必要であり、AIに仕事を奪われた人たちが簡単に移行できるようなものではない。
『ヒルビリー・エレジー』で描かれたラストベルトの白人の絶望がそれであり、ヘロイン依存症や自殺の増加というアメリカの社会問題である。国が何の対策を取らなかった場合には、ラストベルトでのその絶望は全米に広がることになる。
これを肌感覚で知っているのは、政治家ではなくヤングたち起業家だ。起業家らはAIがスーパーマーケットでレジの仕事をすでに奪っている現状と、トラック運転手の仕事がなくなる未来を知っているし、それが全米に与える恐ろしい影響も鮮やかに予想している。だから、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグがUBIの支持者だというは決して不思議なことではない。
起業家たちが政治家よりよく理解しているのは、働くことで人が得る充足感と尊厳とその重要性だ。UBIに対しては「金を与えたら働かなくなる」という反論がある。そういう人もいることはいるだろう。ヤングもそれは認めている。だが、実際にはそれほど多くはならない。「ドラッグや酒に使ってしまう」という意見もあるが、研究ではすでにその説は否定されている。月に1000ドルというのはアメリカでは本当に食べていくのにギリギリの最低限の収入なので、それ以上の生活をしたければ働かざるを得ない。それに、人は働くことで充足感を得て、自分への尊厳を抱けるものなのだ。
その意味を含めて、「フリーダム配当金(UBI)」の他にもヤングは興味深い提案をしている。それは、「ソーシャル・クレジット(Social Credits)」というシステムだ。
それは、人が自分のスキルを活用して隣人の家の修理をしたり、子守をしたりしてソーシャル・クレジットを得て貯蓄するというものだ。そして、そのソーシャル・クレジットを使って自分が必要とするサービスを購入する。このコンセプトはすでに「タイム・バンキング(時間貯蓄)」という名前でアメリカの約200のコミュニティで実践されている。犬の散歩、庭仕事、料理、病院への車での送り迎え、といったサービスに費やした時間を貯金し、コミュニティ内で物々交換のように利用し合うというものだ。
私も10年以上前に子守のタイム・バンキングを利用していた友人から参加を勧められたことがある。これは現金収入の代わりになるシステムというだけでなく、「自分のスキルを使って働くことで、他人から感謝される」というヒューマニティに関わる満足感も与えてくれる。
4月7日にニューハンプシャー州で開催された「民主主義タウンホール(Democracy Town Hall)」というイベントで、ヤングの話を直接聴いてみることにした。同時期に行われた大統領候補のコリー・ブッカー(上院議員)とカーステン・ギリブランド(上院議員)のイベントに集まったのは200~300人程度だったが、主催者の知名度もあってかヤングのタウンホールイベントにはそれらを超える900人弱が集まった。
主催したのは「クリエイティブ・コモンズ」の共同創設者であるローレンス・レッシグが創設した「イコール・シティズンズ(Equal Citizens、平等な市民)」という無党派の非営利団体である。
憲法学とサイバー法学を専門にする法学者のレッシグは、ハーバード大学の教授を務めながら、「真の民主主義」と「自由」のために多くの企画を手がけてきた人物である。レッシグは、現在のアメリカの政治家を選出するシステムが完全に崩壊していることやすべての国民の票が平等ではないこと、国民の意見が無視され、民主主義が崩壊していることを憂い、それを変えていくために「イコール・シティズンズ」を創設した。「民主主義タウンホール」は団体の重要な活動のひとつであり、それに賛同して最初にゲストとして語ることを引き受けたのがヤングだった。
アンドリュー・ヤングは、ネットではGifなどのインターネット・ミーム(ネット上の面白ネタ)をよく使い、ミレニアル世代やその下のジェネレーションZに人気がある。ゆえに主要メディアから軽視されてきたところがあるが、実際に話を聴くと、非常に知的でシャープなビジネスマンであることがわかる。
高等教育を受けている者でないと理解できない単語が頻出し、しかも早口だ。しかし、相手を見下した態度ではない。相手が自分と同じレベルの友人や同僚だとみなして容赦せずに思うままに語っている感じだ。この点も、ほかの政治家たちとまったく異なる。こういったところが魅力になっているのか、これまでの取材では前回の大統領選挙でバーニー・サンダースを支持したミレニアル世代の一部がヤングに乗り換えている現象を感じた。
ヤングはイベントの最後に敵対する党を悪者扱いして対立を煽る現在のアメリカの政治の雰囲気について「人は対立する側を悪者扱いしたくなるものだ」と人間心理を受け止めたうえで、「だが、我々は、あらゆる人々について歪めて伝え、非人間的に扱っているシステムを修復することに焦点を絞るべきだ」と冷静に批判した。そのうえで、現在のアメリカの状況について「(ここに集まっている人たちは)神聖ともいえる信頼感に基づいて壊れたシステムから残りのアメリカを守ろうとしている」「だが、我々はいったん落ちたらもう元には戻れない断崖に向かっていることを感じている」と強い危機感を語った。
続いて「私は、自分が大統領になれるというファンタジーを抱いて出馬したのではない。立候補したのは、私がアメリカ人であり、子を持つ親だからだ。我々の子どもたちに残す国として(現在の)この国を受け入れることはできない」と語ったとき、ヤングはこのイベントで初めて感情的になって涙ぐんだ。
大統領候補としてのヤングのユニークな魅力は、「大統領になるために大統領選に出馬したのではない」という言葉に信憑性がある真摯さだ。実際にヤングは自分が「本物だ」と感じたライバル候補を公に応援している。
「注目を集めるミレニアル世代の大統領候補ピート・ブーテジェッジ」のコラムで説明したように、最初の民主党ディベートに参加する資格を得るためには、世論調査で1%以上の支持を得るか、あるいは個人からの寄付金を6万5000人以上から集めなければならない。3月12日の時点ではまだブーテジェッジはディベートの資格を得ていなかったのだが、アンドリュー・ヤングはブーテジェッジに自ら寄付しただけでなく、ツイッターで自分のフォロワーたちに「ピート・ブーテジェッジは真実だ。6月のディベートのステージに立ってほしいし、そうなるだろう」と寄付に協力することを呼びかけたのである。
まだ予備選の途中なのに他の候補に寄付するよう呼びかけた候補など、これまで見たことがない。また、そんな候補の呼びかけに応えて「私も寄付した」とリプライするような支持者もこれまではいなかった。2016年の大統領選挙のときには他の候補を支持する者のソーシャルメディアをひどい言葉で荒らす者が多かったのだが、ヤングの支持者たちがそういった雰囲気を許さないようネットでも呼びかけあっているのも見かけた。これは自然発生というよりもヤングのリーダーシップの結果だろう。彼は、2016年の選挙でトランプやサンダースを支持するかなりの票田になった「2ちゃんねる」の英語版である「4chan」の常連や白人優越主義者の支援を公に拒絶している。
ヤングの本の前半に描かれているアメリカの未来は暗い。だが、大手メディアが伝えないこういった部分や彼が提唱する「ヒューマン・キャピタリズム」には希望を感じる。彼の本によると、次のような信条が「ヒューマン・キャピタリズム」のコアになっている。
1, ヒューマニティはお金よりも重要である。
2, 経済の単位はそれぞれの人であり、ドルではない。
3, 私たちに共通する目標と価値観のために市場は存在する。
大統領になる可能性がほとんどないヤングだが、「アメリカ全体の雰囲気を変える」というもっと大きな目標の達成に最も貢献する候補になるかもしれない。