作者:Margaret Rogerson (これがデビュー作。二作目はSorcery of Thorns)
ハードカバー: 304ページ
出版社: Margaret K. McElderry Books (サイモン&シュースター)
ISBN-10: 1481497588
ISBN-13: 978-1481497589
発売日: 2017/9/26
適正年齢:PG12(性的表現はキスまでなので、中学生でもOK)
難易度:中級+
ジャンル:YAファンタジー
キーワード:妖精、魔法、真の名前、永遠の命
まだ十代なのに画家としてなんとか家族を養えるようになったIsobel(イゾベル)が抱える問題は、妖精たちから才能を高く評価されていることだ。肖像画を求める妖精からの仕事はありがたいが、妖精から好かれすぎてもろくなことにならない。妖精から人間への最高のお礼は永遠の命を与える水がある井戸への招待だが、イゾベルはそれが恐ろしい落とし穴だと直感している。オファーされて断ったら機嫌を損ねて恐ろしいことをされかねない。だから、イゾベルは最高の仕事をしつつも、最高の贈り物をオファーされないよう気を使っている。妖精との付き合いは綱渡りなのだ。
いつか色褪せてボロボロになる肖像画よりも長生きする不死身の妖精がなぜ肖像画を作りたがるかというと、妖精には、絵を描いたり、料理を作ったりという「クラフト(手で何かを作り上げる工作や創作)」ができないからだ。妖精はクラフトに長けた人間とその作品を珍重するが、心底理解しているわけではない。なぜなら、妖精には、人間らしい感情が欠如しているから。
人間は、完璧に美しい妖精に憧れるが、それは魔術で魅惑的に見えるグラマーで本当の姿を隠しているからだ。妖精たちがやっているのは、不完全な人間を、実際よりも完璧に真似することなのだ。
イゾベルはついに秋の国の王子Rook(ルーク)から肖像画を描く依頼を受けた。この百年ほど人間の世界には姿を見せなかった謎の王子は、これまで出会った妖精たちとはどこかが違った。
イゾベルは、アーティストとして完璧な肖像を追い求め、ついに満足するものを完成させた。だが、それは命取りの失敗でもあった。イゾベルは、ルークの目に潜む哀愁を描いてしまったのだ。
妖精は「嫉妬」や「怒り」は十分持ち合わせているようだが、哀愁や悔恨のような人間の複雑な感情は持たない。それらを羨ましく思っているが、実際に人間の感情を持つのは弱みであり、時に犯罪である。
自分が支配する秋の国で哀愁の感情を潜ませた肖像画を公開してしまったルークは、イゾベルがわざと嘘を描いたと怒り、裁判にかけるために妖精の世界に連れ去る。イゾベルが嘘をついたことが証明されないと、Rookは弱みにつけこまれて殺される可能性があるからだ。
秋の国に向かう道中で何度も危険にさらされ、それを回避しているうちに、イゾベルとルークは互いを理解するようになる。そして、イゾベルに恋してしまったルークは、彼女を家族のもとに戻すことを約束した。
けれども、妖精の世界で最も大きな犯罪は、人間と妖精が愛し合うことなのだ。それが明らかになったら、2人とも死刑になる。人間であることの最大の強みは「嘘をつける」ことだ。イゾベルは、知恵を駆使して絶体絶命の窮地から抜け出そうとする……。
YAファンタジーのヒット作『Sorcery of Thorns』(2019年刊行)を読むまでMargaret Rogersonのことは知らなかったのだが、Sorcery of Thornsが良かったので、このデビュー作も読んでみた。すると、期待以上に面白くて、すっかりRogersonのファンになってしまった。
まず、主人公のイゾベルがいい。Sarah J. MaasとかRenée Ahdiehなど人気のYAファンタジー作家は、ただ単に衝動的で口が悪いヒロインを「強い女主人公」として描いている。彼女たちは、きっと本当の強さを描くための人生体験が足りないまま人気作家になってしまったのだろう。でも、そういうのが売れるせいで、最近のYAファンタジーのヒロインはそんなのばっかりだ。これに私はうんざりしている。
でも、イゾベルはそんなヒロインではない。口を開く前に、それによって何が起こるのかをじっくり考えるタイプだ。何の根拠もなく自意識過剰なヒロインが多いなか、イゾベルは自分の限界をわきまえている。そして、限界を知りつつも、自分の価値を知り、卑下することはない。そして、観察力があり、策略家でもある。これが私の好みのヒロインだ。
もうひとつ気に入ったのが、ダークなファンタジーに織り込まれたユーモアのセンスだ。がんじがらめの妖精ルールや人間を真似したい妖精の滑稽さも可笑しいし、イゾベルとルークのやり取りには何度も吹き出してしまった。
これは、『ハウルの動く城』の原作を読んだときの感覚に似ていて、「宮崎駿のアニメ映画にぴったりだ」と思った。機会があったら、私が自分で訳してみたいような作品だ。