作者:Yaa Gyasi(デビュー作はHomegoing)
Hardcover : 288 pages
ISBN-13 : 978-0525658184
ISBN-10 : 0525658181
Publisher : Knopf
発売日:September 1, 2020
適正年齢:PG15
難易度:8/10
ジャンル:文芸小説/現代アメリカ小説
テーマ:ガーナ、移民、移民2世、人種差別、キリスト教福音派、宗教と科学、脳科学、依存症、ヘロイン
両親がガーナからアメリカのアラバマ州に移住した、移民2世のGifty(ギフティ)は、ハーバード大学を卒業し、現在はスタンフォード大学メディカルスクールの博士課程で脳科学を専攻している。Giftyは、マウスを使って快楽要求行動と依存、鬱を研究している。Gifty自身は直接の関わりを認めようとしないが、兄のNanaがヘロインのオーバードースで死んだ過去が彼女の人生を大きく変えたのは事実だった。
ガーナからアメリカへの移住を決めたのは、息子により良い将来を与えることを望んだGiftyの母親だった。父親も意志の強い妻を追って移住したが、人種差別が激しい南部のアラバマ州での貧しく息苦しい生活に耐えきれなくなり、単独でガーナに戻ってしまった。それでも、Nanaが高校でバスケットボールのスターになったことで、人種差別的な福音派教会や近隣の住民たちから家族は受け入れられるようになった。しかし、バスケットボールの試合中の怪我と、その時に与えられたオキシコンチン(オピオイド系鎮痛剤)がきっかけで、Nanaはヘロイン依存症になってしまった。バスケットボールで有名大学に進学するという輝かしい将来を目前にして全てを失い、自分と家族の人生を破壊し続けたNanaが死んだ時、Giftyは神への信頼を失った。
Nanaの死で深い鬱状態を繰り返す母親は、頑固に神と教会を信じ、現代科学や医学を信頼せず、治療も受けようとはしない。Giftyは、子供の頃に抱いていた神への純粋な愛を失ったが、無宗教の同級生や同僚の意見には苛立ちを覚える。誰にも過去を打ち明けず、心を開かないGiftyは、壊れた人間関係とネズミを通して、過去と現在、宗教と科学、愛について考えをめぐらせる…。
作者のYaa Gyasiは、ガーナで生まれて、アメリカのアラバマ州で育った移民である。両親は大学教授と看護師なのでこの小説の主人公Giftyの立場とは異なるが、Giftyのように、アメリカの有名大学であるスタンフォード大学で学び、文芸作家になるための登竜門とみなされている「Iowa Writer’s Workshop」で修士号を取得した才媛だ。25歳の時に書き終えたデビュー作のHomegoingは、数多くの賞にノミネートされ、いくつか受賞した。このTranscendent Kingdomは第2作だが、ベテランのような成熟した作品だ。
この小説では、アメリカでの人種関係や製薬会社とオピオイド依存症の関係、宗教と科学の対立など、現代アメリカが抱える多くの問題も扱っており、ひとつの移民家族、ひとりの女性の人生を通していろいろと考えさせてくれる。その意味で、21世紀前半を代表する現代アメリカ小説として意義がある作品だ。
日本では突き詰めて考える機会や触発の少ない、宗教と科学の葛藤は、人類の普遍的・根源的課題であることを最近 HOMO DEUS (Yuval Harari) という本で知りました。ただこの名著は歴史哲学のレンズで書いてあるので、ご紹介いただいた本を読めば、生き生きとした理解が深まるかという興味が湧きました。
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