虐待の被害者が加害者を擁護する心理に潜む「私だけは特別の存在」という信念が際立つ話題の2作:回想録 In the Land of Men /小説 My Dark Vanessa

毎年、期待していたのに読んでがっかりする作品はかなりある。
出来が悪い作品ではないが心からお薦めはできない、という作品もある。今日ご紹介するのは後者に属する2作だ。「心からお薦めできない」理由が共通していることに気付いたので、ノンフィクションとフィクションという異なるジャンルだが同時にご紹介しようと思う。

In the land of Men

作者:Adrienne Miller
適正年齢:PG15
難易度:7/10
ジャンル:回想録

アメリカの中西部で育ったナイーブな文学少女のミラーは、大学卒業後には大学院に進むつもりでいた。けれども、女性教授から「アカデミアはホラー」と諭され、彼女のツテで男性雑誌GQマガジンの編集アシスタントの職を得た。1990年代前半に22歳の若さでニューヨークのコンデナストのビルで働くというのは夢のような話だが、実際にはただの使いっぱしりであり、「アシスタントからアシスタントではない職(本当の編集職)に移るのは困難」と忠告されたりする。それでもミラーは賢く立ち回り、25歳の時に有名な男性雑誌のEsquireに転職して女性として初めての文芸編集者になった。

現在ではEsquireは男性ファッション雑誌のイメージが強いかもしれないが、かつては男性の生き方全般にわたる総合雑誌だった。1960年代から70年代にかけては新しい形式のジャーナリズムである「ニュージャーナリズム」のパイオニア的な存在になり、ノーマン・メイラー、ティム・オブライエン、ジョン・サック、トム・ウルフなどが活躍した。文芸でも、アーネスト・ヘミングウェイやレイモンド・カーヴァーなど「男らしさ」を強調する作家が常連だった。この世界の雰囲気も(当然のごとく)男尊女卑であり、若い女性であるミラーはよく「誰と寝てこの職についたの?」といった質問をされたりした。

このあたりのミラーの体験は非常に興味深く、後半で彼女がこの世界で活躍していくのを楽しみにしていた。ところが、彼女がデヴィッド・フォスター・ウォレス(David Foster Wallace、DFW)に会ってから、読者としての私のフラストレーションは雪だるま的に膨らんできた。ミラーがDFWに会ったのは、ミラーが26歳で、DFWが36歳のときだった。DFWは少し前に大作のInfinite Jestを出版したところで、ポスト・モダン文学の寵児のように扱われていた。DWFがミラーと付き合うようになる経緯は、猟に慣れているライオンが生まれたばかりのガゼルを狙うような感じだ。ターゲットにされたミラーがまんまと丸め込まれるのは仕方がないかもしれないが、フラストレーションがたまるのはその後のミラーの文章だ。

DFWは日本では「This is Water(これは水です)」というケニヨン大学でのスピーチで知られているようだが、アメリカでは、女性の扱いがひどい男だったということでさらに有名だ。大学教授として教え子の女子大生に片っ端から手を出して肉体関係を持ち、ガールフレンドに暴力を振るったり、走っている車から女性を突き落とそうとしたりした。ミラーに対しても、彼女を傷つけるような発言を何度も繰り返している。それなのに、この本でのDFWの扱いは「心理的に問題を抱えていた天才作家」といった感じなのだ。その当時ならともかく、DFWが自殺して12年経った後でも彼を擁護し続けているミラーには、はっきり言っておおいに失望した。

なぜ彼女は自分をゴミのように扱った男を心優しく描いているのか?
「DFWは多くの女性にひどいことをしたが、私は彼にとって、そういった多くの女とは異なる特別な存在だった」という思い込みがあるからではないかと思う。それを匂わせる文章があちこちにある。

私がこの回想録で最も苛立ったのはこの部分だった。女性を口説く天才でもあったDFWは、ミラーだけでなく、女子学生を含めて出会った女性すべてにそう思わせたことだろう。それを今だにわかっていないミラーには、まだ回想録を書くには「若すぎる」のではないかと思った。

このミラーの回想録を読んでいるときに何度も思い出したのが、今年前半に読んでレビューを後回しにしていた小説 My Dark Vanessaだ。

My Dark Vanessa

作者:Kate Elizabeth Russell
適正年齢:PG15+(性的コンテンツあり)
難易度:8/10
ジャンル:文芸小説

同年代の高校生よりも賢くて大人びていた15歳のヴァネッサは、カリスマ性がある42歳の英語(日本で言う国語)教師のジェイコブ・ストレインと性的関係を持っていた。それから17年後、#MeTooムーブメントで各界の大物男性が次々と性的暴力やセクシャルハラスメントで追求されるようになり、ストレインも過去の学生から性的虐待で訴えられた。ストレインを訴えた被害者の女性は、同じ体験を持つ者としてヴァネッサに協力を求めてきた。だが、ヴァネッサはどうしてよいか決めかねる。なぜなら、十代の頃の自分は、自由意志でストレインとつきあっていたと信じているからだ。ストレインは自分にとって初恋の相手であり、その後も断続的に関わってきたからだ……。

My Dark Vanessaの優れたところは、年上の男性から性的虐待のターゲットにされた若い女性が陥る心理的な罠を見事に描いているところだ。加害者は、被害者に「これは君が自由意志で選んだことだ」「私にとって君だけは特別の関係だ」と信じさせる技に長けている。これが上手だから虐待を何年も何十年も続けることができるのだ。被害者はこの洗脳のために加害者を責めることができなくなり、その心理的な傷によって人生を破壊され続ける。

それを描いている点で、My Dark Vanessaは上記のミラーの回想録よりも優れた作品だと思う。問題は、そのセオリーを打ち立てた後も、ダラダラとそれが続くことだ。読んでいるほうが心理トラウマを起こしそうで、「もうわかったから、そろそろやめてくれ」と言いたくなる。

Vanessaのような体験がある読者にはどん底に沈みそうな辛い小説かもしれないので、注意しながら読んでいただきたい。

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