アメリカ中西部の白人が抱くノスタルジックなアメリカの善を描く、ある意味ファンタジーな歴史小説 This Tender Land

作者:William Kent Krueger
Publisher : Atria Books
発売日:September 3, 2019
Hardcover : 464 pages
ISBN-10 : 1476749299
ISBN-13 : 978-1476749297
適正年齢:PG15
難易度:7
ジャンル:歴史小説(大恐慌時代のアメリカ)
キーワード:大恐慌、アメリカ中西部、アメリカ先住民虐殺、孤児、奇跡、キリスト教

 

1929年の株の暴落をきっかけに始まったアメリカの大恐慌は1930年代後半まで続き、多くの国民が職を失い、家族を失った。そのさなかの1932年、先住民の子どもを対象にした寄宿学校で暮らしている孤児の白人兄弟がいた。この学校は表向きには慈善事業だったが、先住民の子どもを強制的に収容してアイデンティティを奪うことを目的としたものであり、学校の持ち主である女校長は生徒に対して残忍だった。白人兄弟の兄のAlbertは優等生としてやり過ごしていたが、弟のOdieは反抗的で問題児だった。不幸と不運がドミノ崩しのように起こり、幼い時に舌を切り取られて言葉が話せないスー族のMose、孤児になったばかりの6歳の少女Emmyと一緒に兄弟は学校を離れて逃亡生活を始めた。

4人は、兄弟の叔母が住んでいる家を目指してカヌーで旅を続ける。その間に、家族を失った孤独な男に捕まって労働を強いられたり、奇跡を起こす女聖教者の旅まわり一座と行動をともにしたり、農地を失って旅する家族と懇意になったりする。貧しくとも優しい人々に出会って、そこに居着きたくなっても、女校長と彼女が懇意にしている汚職警官がOdieたちを追い詰めていく。Odieはようやく叔母の家を探し出すが、そこで大きな秘密を知る……。

大恐慌時代のアメリカの状況や孤児の子どもたちの冒険はとても興味深い。トム・ソーヤというよりもハックルベリー・フィンの冒険のような感じで、最初のうちはかなり楽しんだ。だが、そのうちに作者の人工甘味料的な「性善説」のようなものや「信念」や「宗教」、「倫理観」に対するシンプルすぎるメッセージが気になってきて、楽しめなくなってきた。例えば、主人公の少年が自分だけが恩恵を得ている家族を救うために仲間たちの許可も得ずに所持金全部を与えて良いことをした気分になっていたシーンだ。自分にはその権利がないことを学ぶ出来事があるだろうと期待していたのに、与えられたアル中の男が突然行いを変えて良い家長になるというオチには呆れ果ててしまった。アルコール依存症は本人の決意などでは治ったりしないのに、そういうメッセージはかなり迷惑だ。ほかにもそういうシーンが多すぎて、胸焼けがしてきたので読むのをやめようかと思ったほどだ。

なぜこの本を読んだのかというと、とある図書館で「2020に最もよく貸し出された本」のトップ50に入っていたからだ。そのリストを読んでいて「これはまだ読んでいない」と思ってチェックしたら、2019年にベストセラーになっていたのでオーディオブックに入れていたのだった。

この本がアメリカで売れたのはよく理解できる。なぜなら、アメリカ中西部の人間の本質の善良さを謳歌する小説だからだ。学校長のように残酷な人間もいる。だが、自分に食べるものがないほど貧しくても、人々は身元がわからない4人の子どもに食べ物を与え、有害な人々から守ってくれる。(キリスト教とは限らなくても)神や奇跡を信じることで人間は変わることができるというメッセージも何度も繰り返される。

これは歴史小説ではなく、ファンタジー小説なのである。

Make America Great Againというスローガンに惹かれた白人が多かったのは、ここに出てくる「貧しくても気高い善意の人々」が真のアメリカ人だと思っているからだ。そして、そのファンタジーを歴史として懐かしがっている。そう思えば、とても納得できるベストセラーだ。

アメリカを理解するという意味では、興味深い娯楽小説だと思う。

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