2度弾劾されたトランプを支持し続ける共和党が象徴する「民主主義の黄昏」 Twilight of Democracy

作者:Anne Applebaum
Publisher : Doubleday
発売日:July 21, 2020
Hardcover : 224 pages
ISBN-10 : 0385545800
ISBN-13 : 978-0385545808
適正年齢:PG14(政治に興味がある者なら何歳でもよいが、理解できるのは高校生くらいから)
難易度:7(理解しやすいストレートな文章。だが、歴史や政治の知識とボキャブラリーが必要)
ジャンル:ノンフィクション/時事エッセイ
キーワード/テーマ:民主主義、独裁主義、デマゴーグ(大衆扇動者)、偽ニュース、ポーランド、ハンガリー、アメリカ、トランプ、歴史

2021年1月6日、合同会議でバイデンの大統領選出の手続きが行われている連邦議会の議事堂にトランプ支持者が乱入し、警官1人を含む5人が死亡した。その後自殺した警官もいる。民主党がマジョリティの下院議会は、議会襲撃事件で「反乱を扇動した」としてトランプを弾劾した。二度も弾劾された大統領はアメリカ史上初めてだ。けれども、共和党がマジョリティの上院議会はトランプに再び無罪判決を与えた。

トランプに不満を懐きながらも支持してきた伝統的な共和党の重鎮にとって、トランプがツイッターから永久に追放され、大統領の座を失ったのは、自分たちがコントロールできない「目の上のたんこぶ」排除のチャンスだった。しかしながら、トランプ弾劾を支持した勇気ある共和党議員は少数派であり、支持者たちから攻撃されることになった。いっぽうで、トランプは自分の党を作ることをほのめかすようになった。

このような状況の2月にサフォーク大学とUSAトゥデイは世論調査を行い、大統領選でトランプに票を投じた人に「トランプが第三党(新政党)を作ったらどちらを支持するか?」と質問した。それに対し、「共和党」と答えたのはたったの27%で、「トランプ党」と答えたのは46%もあった。保守系政治団体の保守政治活動会議(CPAC)のイベントがフロリダで2月末に行われたのだが、そのスターはトランプだった。そして、議会襲撃事件でトランプを批判したミッチ・マコーネル(2021年1月まで上院多数党院内総務)すら、2024年の大統領選挙でトランプが予備選に勝ったら支持する姿勢を明らかにした。国民に偽りを広めて民主主義を徹底的に傷つけ、自分の支持者に国の議会を襲撃させた大統領を、共和党はいまだに支持しているのである。つまり、トランプの危険性を知りながらも、彼のパワーを利用し続ける決意をしたのだ。

こういった不穏な状況を見事に解説するのがAnne ApplebaumのTwilight of Democracy(民主主義の黄昏)である。去年発売されたときに話題になっていたのだが、読み逃していた。最近になって読み、2021年現在でも非常に重要な本だと感じた。2020年の大統領選挙でトランプが落選したことで、すべてが解決したのではない。民主主義はいまだに危機状態にある。

作者のAnne Applebaumは先祖がベラルーシからアメリカに移住したユダヤ系アメリカ人で、イェール大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス、オックスフォード大学などで学び、ソビエト連邦時代のレニングラードに滞在したこともある。ソビエト連邦のグラグ(強制収容所)の歴史を描いたノンフィクションGlugで2004年にピューリッツァー賞を受賞した著名なジャーナリストでもある。ポーランド人の夫Radek Sikorskiは、2005年から2007年までポーランドの国防大臣、2007年から2014年まで外務大臣を務めており、本人もアメリカとポーランドの二重国籍を持っている。

ポーランドは、第二次世界大戦後にソビエト連邦の支配下になり、一党独裁制でソ連にとってもっとも重要な衛星国になった。ソ連が支配する体制に対して市民の反対運動が高まり、総選挙で民主主義国家になったのは1989年のことだった。

本書Twilight of Democracyは、1999年に著者夫妻がポーランドで開いた大晦日のパーティから始まる。この頃には、ポーランドではまだ「民主主義」は新しいものだった。夫妻の仕事が仕事なだけに、ゲストも多様だった。ロンドン、モスクワ、ニューヨークから駆けつけたジャーナリストの友人、当時の中道右寄りの政権下での夫の外務省の同僚たち、ポーランドの若いジャーナリストたち、といった顔ぶれだった。そこにいた大部分の人は、ポーランドで「右寄り」とみなされるカテゴリに属していたが、たいていは、その時点で「リベラル」とも呼べる人たちだった。自由市場リベラル、伝統的リベラル、サッチャライト(英国のサッチャー首相の経済政策支持者)と多様な立場だったが、全員が「民主主義」と「法の支配」を信じていた。ポーランドは1999年にNATOに、2004年にEUに加盟した。その方向を信じるのが、当時のポーランドでは「右寄り」だったのだ。まだポーランドは貧しかったので、豪華な食べ物もない。ホテルもないので、100人ほどの客は近所の農家や友達の家に泊まるしかなかった。けれども、その場に満ちていたのは、「ポーランドを築き直す」楽観性であり、民主主義を信じることで一致していた。

ところが、20年後の今、このパーティで将来への希望を語り合った参加者の半分は、残りの半分と口もきかない状態になっている。個人的な諍いが原因ではない。現在のポーランドが政治的に分断された国になってしまったからだ。多くのことに同感していたはずの人々の半分は、現在では外国嫌いで独裁主義的になっている。それを反映しているのが、ポーランドでの「法と正義(PiS)」党の強権政治だ。2015年の選挙では穏健的なメッセージを送っていたが、選挙に勝利したとたんに強権政治の本性を顕にした。憲法を無視して自分たちのアジェンダを支持する判事を任命し、政権が作った政策に反対する判事を罰する法律を作り、国営放送のキャスターやレポーターを不法に解雇して偽ニュースを流すオンライン極右メディアの者を任命した。Applebaumのパーティに来た友人のなかには、この強権政治の最高実力者と懇意になった者、オンラインで偽ニュースを流すトロールになった者などがいる。彼らとはもう交流もない。

ポーランドのこの状況はアメリカでトランプがパワーを得た状況とよく似ている。アメリカとポーランドだけではない。世界中で起こっていることだ。トランプ支持者には「低学歴で他国のことを知らない」というイメージがあるが、そういった人たちだけではないとApplebaumは書く。彼女の友人たちのように、高学歴で多国語を話し、世界各地に拠点を持って活動するグローバルな生活を送っている。そんな人たちが、民主主義を見捨てて独裁主義を支持するようになっているのだ。

なぜこのような変移が起こったのだろうか?

Applebaumは、単純なひとつの説明はないし、それを提供するつもりもないという。けれども、そこにはひとつのテーマがある。「状況さえ整えば、どんな社会も民主主義に抗うようになる」というのだ。古代哲学者のプラトンのように、民主主義に懐疑的な哲学者や政治家は過去に多く存在した。アメリカ建国の英雄であり政治的にライバルだったジョン・アダムズとトーマス・ジェファーソンは晩年に仲良くなり手紙を交わしていた。アダムズはキケロの書いたものをよく読んでいたようで、古代ローマの共和制が滅びていったことを語り合っていたようだ。2人がよく知っていたのは、強い感情に動かされやすい人間の本性だ。論理や合理性を基盤に作られた政治制度であっても、不合理な感情の噴出によって危機にさらされるものなのだ。

独裁主義というのは、保守やリベラルといった政治思想ではない。ここは非常に重要な部分だ。Applebaumが言うように、「独裁主義は、簡単に言って、ものごとの複雑さに我慢がならない人々にアピールする(Authoritarianism appeals, simply, to people who cannot tolerate complexity)」のである。独裁主義に惹かれる人々は、思想が右寄りであろうが、左寄りであろうが、「アンチ多元主義で、異なる考え方に懐疑的であり、熱心なディベートにアレルギーがある人たち」という点で一致している。これは、2016年と2020年のアメリカ大統領選挙の予備選から本選にかけて取材の現場で感じたことだった。共和党でも民主党でも、極端な意見を持つ極端な候補に惹かれる人々は少なくない。彼らは、「ものごとの複雑さに我慢がならない」タイプの人々だ。そして、陰謀論を熱っぽく語るのも彼らだ。

独裁主義と陰謀論には関係があるとApplebaumは言う。ポーランドの場合には、2010年に「法と正義」の党首だったレフ・カチンスキが政府専用機の墜落で死亡した事件で国が殺したという陰謀論が流れた。アメリカでは、バラク・オバマがアメリカでは生まれていないという「バーサー」陰謀論が流れたが、それを率先して広めたのがトランプだった。どちらも事実無根だ。けれども陰謀説はどんどん広まり、「国、議会、司法制度は信用できない。誰もが嘘をついている」という懐疑心を国民に広めることになった。これまで権威を持っていた機関やメディアが信じられなくなった人にとって「偽ニュース」は代替えの真実として受け入れやすかった。

Applebaumが書くように、民主主義とは次のようにめんどくさいものだ。

The checks and balances of Western constitutional democracies never guaranteed stability. Liberal democracies always demanded things from citizens: participation, argument, effort, struggle. They always required some tolerance for cacophony and chaos as well as some willingness to push back at the people who create cacophony and chaos.
(憲法を基盤にした西洋民主主義の「チェックアンドバランス:抑制と均衡のバランス」が安定を保証したことはない。 自由民主主義は、常に市民に次のような行動を要求してきた:民主主義への参与、議論、努力、困難なことへの取り組みなどだ。 民主主義は、無秩序さと混沌に対するある程度の寛容さと同様に、無秩序さや混沌を生み出す人々を押し戻す意欲も常に要求してきた。)

だから、民主主義は常に不安定であり、すぐに独裁主義に向かおうとする。とすると、私たちの未来は絶望的なのだろうか?

絶望的ではないが、めんどくさいことを厭わない市民がもっとがんばって押し返す必要はある。そうしみじみ感じさせてくれるノンフィクションだ。

 

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