人間に仕えるために作られたヒューマノイドロボットのクララが求めたこと。カズオ・イシグロの最新作 Klara and the Sun

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作者:Kazuo Ishiguro
Publisher : Knopf
発売日:March 2, 2021
Language : English
ISBN-10 : 059331817X
ISBN-13 : 978-0593318171
適正年齢:PG(特に問題な描写はない。理解できるのは中学生以上)
難易度:7(非常にシンプルでわかりやすい英語。たまに不明な表現があるかもしれないが、日本の大学受験英語をこなした人なら読めるレベル)
ジャンル:近未来SF/文芸小説
テーマ:AI、ヒューマノイドロボット、愛情、存在意義、社会の価値観、近未来

カズオ・イシグロがノーベル賞受賞後初めて刊行する小説ということで、Klara and the Sunは全世界から注目を集めていた。翻訳版も英語版と同時発売というのも、それに応えるためのものだろう。自分で読むまで、英語で読んだ者の感想をうっかり目にしてしまいたくない読者は多いと思う。それを気遣った全世界同時発売は素晴らしいファンサービスだ。私も同じタイプの読者なので、発売前から多くのレビューが出ていたがうっかりでも目にしないように気をつけていた。そういう読者は、私のレビューもこのあたりで読むのをストップしていただきたい。ネタバレまったくなしにレビューすることはできないので。

 

Klara and the Sunは近未来SFだ。かつてエリートの専門職だった者の多くはAIに仕事を奪われて無職のコミュニティを作っている。そういった者は、この世界では”substituted(置き換えられた)”と表現されている。AIに置き換えられなかったエリート”high-rank”は、わが子が他の子どもたちよりも有利になるように”Lifted”させている。このLiftedが何なのかはっきりと説明されていないが、後半でそれが推測できるようになる。子どもたちは学校には行かずに家でリモート教育をしているが、社会性を身につけるためにも時々交流する。アメリカに多い「ホームスクーリング」のようなものだ。けれども、新型コロナウイルスのパンデミックのために、リアルでこの状況が普通になってしまった。その意味で、私たちはすでに近未来SFの中に生きていると言えるかもしれない。

Klaraは”AF(Artifitial Friend、人工ともだち)”と呼ばれる、エリートの子どもの「友だち」として作られたヒューマノイドロボットだ。AF専門店のショーウィンドウに飾られていたとき、窓越しに14歳の少女Josieと出会う。JosieはKlaraを買いに来ると約束するが、そのまま姿を消してしまう。売れ残って店の奥に置かれていたときに、ようやくJosieは母といっしょに現れてKlaraを購入した。

他のAFよりも好奇心と学びたい意欲が強いKlaraは、Josieと、彼女の母、隣家の幼馴染の少年Rickとのやりとりから、彼らの間にある複雑な人間の感情を理解しようとする。Josieの母親がKlaraに「感情がないというのはたまに楽だと思う。あなたが羨ましい」といったことを言う場面がある。そのときKlaraは、’I believe I have many feelings, The more I observe, the more feelings become available to me’と「自分には感情があると思います。観察すればするほど多くの感情を獲得することができるのです」と答えている。

Klara and the Sunは、過去の作品ではThe Remains of the DayNever Let Me Goに近い感覚を受けた。どちらも、人生の黄昏に、それまで信じていた自分の存在意義と現実のギャップをつきつけられる作品だ。

だが、これまでのイシグロの作品と異なるのは、主人公が「信頼できない語り手」ではないことだ。AFのKlaraは、そもそも嘘をつくことができないのだ。

けれども、ソーラーパワーで作動するKlaraが抱く太陽に対する絶対の信頼は「信仰」だと私は思った。AIが人間の愛情をマスターできるのか、信仰を持つことができるのか、それもこの小説に含まれたテーマであろう。

文章もストーリー展開もシンプルで、ページ・・ターナーである。だが、The Remains of the DayNever Let Me Goほどのインパクトはなかった。イシグロはGoodreadsのインタビューで、それぞれの本には大きなひとつのテーマが背後にあると言い、この本については「What does it mean to love another human being, particularly in an age when we’re questioning whether we can map out everything about a person through data and algorithms?」だと答えている。データやアルゴリズムで個人がすべて綿密に理解されるようになっている現在に、人が他人を愛するというのはどういう意味を持つのか、ということだ。

それをこの小説は描ききれているのだろうか?

残念だが、私はそう思わなかった。特に、Josieに対する両親の考え方だ。娘を持つ親として、この2人の思考回路はまったく理解できなかった。ここでは説明しないが、多くの親は私と同じような感想を抱くと思う。私にとっては、そこがこの小説の最大の欠陥だった。

Klaraの運命にも、前述の2つの小説と似たところはあるし、同じような哀愁も感じた。けれども、もっと穏やかな気持で読了できる。それは、Klaraが自分に嘘をついたことがない語り手だったからかもしれない。

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