新型コロナの前に書かれたのに、予防と治療の現場での現在の医師の戦いがリアルに見えてくるパンデミック小説 Doctors and Friends

作者:Kimmery Martin
Publisher ‏ : ‎ Berkley
刊行日:November 9, 2021
Hardcover ‏ : ‎ 384 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1984802860
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1984802866
適正年齢:一般
読みやすさ:7
ジャンル:現代小説(スペキュラティブフィクション)
キーワード、テーマ:パンデミック、疾病予防管理、救急医療、女性の生き方

2020年から始まった新型コロナのパンデミックは2022年1月現在でほぼ2年続いている。感染しやすいオミクロン株の流行により、多くの人々は終わりが見えない「パンデミック疲れ」を感じている。

そんな時に「パンデミック小説」などは読みたくないだろう。特に現実に近いものは。だから私も読むことを少し躊躇ったのだが、この作者のデビュー作が好きだったのでトライしてみることにした。

作者Kimmery Martinは名門ヴァンダービルト大学のメディカルスクールで学んだ女性救急医だ。2018年にパンデミック小説を書くことに決めたMartinは、チャド共和国に住む医師と交流するほか、感染症専門医、ウイルス学者、疫学者、産科医、脳神経専門医、救急医など50人ほどから話を聞いて調べまくったようだ。そして、リチャード・プレストン(The Hot Zoneの作者)のCrisis in the Red Zoneで「2人の同僚のうち一人しか救えないとしたらどちらを救うのか?」というジレンマを読み、「これがわが子だったらどうするだろう?」と思った。それがこの本に活かされている。

Doctors and Friendsの初稿はパンデミック前に出来上がっていたのだが、アメリカでは本の刊行に2年ほどはかかる。その間に新型コロナのパンデミックが始まり、作者自身も2020年なかばに感染した。回復はしたものの、長い間症状が続く「long Covid」に悩まされたらしい。こういった体験をしつつ編集者のアドバイスでいくつか書き直したのがこの作品だ。

主人公のKiraは、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)に勤務する感染症専門医。メディカルスクール時代から仲良くしている女医のグループでスペイン旅行をしているときに新しい感染症に自ら接触し、後にこの疾病のスポークスマンとして渦中の人になる。

グループの中でもKiraと親しいComptonはニューヨークで救急医をしている。共働きをしながらの子育てに疲れ切っているときに予期していなかった問題が生じたのだが、そこから逃げるように友人とのバケーションに加わった。だが、問題が解決するかわりに悲劇が生じる。

メディカルスクール時代にはグループの「お母さん」役を果たしていたHannahは、赤ちゃんが大好きで産科医をしている。でも、自分自身はどんなに試みても子供が持てずにいる。ようやく妊娠できたのだが、それはパンデミックのさなかだった。

これら3人の女医がそれぞれの立場でパンデミックを体験するのだが、彼女たちのパートナー、友人、同僚、子供たちの関わりが、このパンデミック小説を特別なものにしている。男性医師が主人公の伝統的な医療小説だと現場でのヒーローとしての戦いに焦点があたりがちであり、その医師が人として関わっている別の部分での葛藤はあまり出てこない。この小説の場合、Kiraは重要な立場にある専門職だが、その他にも「母」としての顔がある。彼女は夫を失ったシングルマザーなので、国民全体のことを考えながらも、わが子供の心身の健康も忘れることはできない。そこに大きなジレンマが生じる。こういったヒューマンストーリーがこの小説を読み応えあるものにしている。

この小説に出てくるArtiovirusはCovid-19とは異なるし、Covid-19につきものの政治的な対立も出てこない。パンデミックのさなかに読んだが、途中で止めたくないページターナーだった。おすすめ。

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