風変わりなミステリを通してアメリカの歴史と現代社会を寓話的に描く2022年ブッカー賞最終候補 The Trees

作者:Percival Everett
Publisher ‏ : ‎ Graywolf
刊行日:September 21, 2021
Paperback ‏ : ‎ 320 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 164445064X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1644450642
対象年齢:成人(PG15+、性器、人種差別的な表現などメディアでの使用が制限されている卑語の表現が多い)
読みやすさ:7(文章は非常にシンプルだが、卑語を含む米国南部の庶民独自の言葉遣いが多く、それに慣れていない人は非常に読みにくい。だが、慣れている人にとっては「読みやすさレベル 6」程度。
ジャンル:文芸小説/ミステリ
キーワード、テーマ:アメリカ南部での黒人差別とリンチの歴史、Emmett Tillの殺人、KKK、現代アメリカ社会の風刺、root magic
文学賞:ブッカー賞最終候補(発表はまだ)

アメリカ南部ミシシッピ州の田舎町Moneyで猟奇殺人が起こった。地元の白人男性が殺され、同じ場所で顔が判別できないほど殴られた黒人男性の死体が見つかった。黒人の死体が手に握っていたのは、白人の男の睾丸だった。さらに奇怪なのは、その黒人の死体が死体安置所から消えたことだった。地元の保安官らが首をかしげている最中にトイレでの密室殺人が起こった。そこでも先の殺人事件と同様のシーンがあり、再び黒人の死体は姿を消した。

この不可解な事件解決に手を貸すために、ミシシッピ州捜査局(Mississippi Bureau of Investigation)は2人の刑事を送り込む。すべて白人ばかりの町の保安官、副保安官、検死官は、都会から来た黒人刑事のJim DavisとEd Morganに対して敵意と不信感をむき出しにする。そこに黒人女性のFBI捜査官Herberta Hindが加わり、Money在住のKKKのグループは新たに団結の意欲を持つ。ところが不思議な猟奇殺人はそこで収まらずに他の州でも起こるようになる…。

Percival EverettのThe Treesは、刊行前から話題になっていたのだが、「The Trees」という題名から南部の黒人リンチの歴史がテーマの暗くて重い本なのだろうと想像していた。忙しい睡眠不足の最中に気晴らしに読むようなものではないと思って後回しにしていたのだが、ブッカー賞の最終候補になり、「これを読まずして年は越せないで賞」審査員の岸田麻矢さんの「すごく変わっている。面白かった」という感想を聞いて読んでみることにした。

読みはじめてすぐに「もっと早く読んでいればよかった!」と思った。暗いテーマの本なのに、スタンダップコメディ(Stand-up comedy)を聞いているような面白さなのだ。人種差別者だらけのMoneyの白人たちの会話の醜さは、現実とそう離れていないはずなのに、あまりにもバカバカしくて笑えてしまう。そして、MBI(FBIに似て異なるところも笑いのネタ)の2人の黒人刑事のかけあいは、目前にいる差別主義の白人をネタにしたコメディのようで、これにも吹き出さずにはいられない。

ネタバレをしたくはないのだが、アメリカの歴史を知らない読者が見過ごしてしまっては残念なので、その部分だけを書いておく。読みたくない人は青字の部分を読了後に読んでいただきたい。

The Treesという題名から私が即座に連想したのは、ビリー・ホリデイが1937年に発売した「Strange Fruit(奇妙な果実)」という曲だった。歌を作ったのは、当時NY在住のユダヤ人ソングライターのLewis Allan(Abel Meeropol)で、新聞で南部での黒人リンチ殺人の写真を見た衝撃で書いたと言われる。その歌詞は次のようなものだ。この小説の中にも、実際にこの歌が出てくる。

Southern trees bear a strange fruit
Blood on the leaves and blood at the root
Black bodies swinging in the southern breeze
Strange fruit hanging from the poplar trees

読み始めてすぐに私が思い出したのは、20世紀なかばに南部で起こった14歳の黒人少年のリンチ殺人事件だった。この少年が自分に口笛を吹いた(米国ではすれ違いの女性に対して男性が「ネエチャン、かっこいいね」的な感じで行う行為)、とある白人女性が言いがかりをつけ、それに怒った女性の夫ときょうだい(half-brother)が少年を誘拐してリンチ殺人したという事件だ。それを思い出して調べてみたら、その場所がミシシッピ州のMoneyだった。この小説を読み始めた時には「ヘンテコな名前の町だ」と思っただけだったが、実際に存在するだけでなく、こんな歴史があったのだ。1955年、残虐に殺された14歳の少年はEmmett Till。そして、「口笛を吹かれた」と言った白人女性はCarolyn Bryantだった。殺人を犯した2人の男は、白人ばかりの陪審員によって無罪判決を受けた。これを知ると、この本の全体像が見えてくる。

 

トランプ大統領に対する風刺は直球なのでそこが不満な読者もいるだろうが、これもスタンダップコメディと捉えれば面白い。唐突なエンディングも、実は読者への問いかけであり、そこをどう捉えるのかで読者が試されているといえるだろう。

このようにユニークな作品を最終候補に選んだ今年のブッカー賞は、それだけでおおいに評価したいと思った。

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