作者:Chris Blackwell, Paul Morley
Publisher : Gallery Books
刊行日:June 7, 2022
Hardcover : 352 pages
ISBN-10 : 198217269X
ISBN-13 : 978-1982172695
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさレベル:6(シンプルな文章。ロックやレゲエなどが好きな人には特にわかりやすい。)
テーマ、キーワード:Island Records(アイランド・レコード)、Chris Blackwell(クリス・ブラックウェル)、ジャマイカ、ロック、レゲエ、音楽業界、Bob Marley、Ian Fleming
1960年に日本で生まれて70年代前半のティーンの頃に英国ロックに出会い、81年に初めて訪問したイギリスで現地のライブを堪能し、86年に東京で出会ったアメリカ人の夫と音楽談義で親しくなった私にとって、Island Records(アイランド・レコード)はノスタルジックなレコードレーベルである。その創始者で元CEOのChris Blackwellが今年の夏に刊行した回想録を読んだところ、青春を思い出させる多くのバンドが登場し、それだけで胸がいっぱいになった。
Chris Blackwellの回想録はKeith Richarsの『Life』のような衝撃的で文学的な自伝ではない。けれども、まったく気取りがない率直な思い出話に耳を傾けている気分になれる。高尚な文学を目指そうとしないところにChris Blackwellの性格や人生観が出ていて、そこがチャーミングな魅力になっている。また、有名人の回想録ではゴーストライターを使うことが多く、しかもゴーストライターの名前は出さずに自分で全部書いたふりをすることが多いのだが、Blackwellはイギリスの音楽ジャーナリストであるPaul Morleyを共著者とてしっかり表紙に載せている。これにもChris Blackwellの性格を感じる。
本人が冒頭で”I am a member of the lucky sperm club.”と書いているように、Chrisの成功の一因は「恵まれた環境に生まれ育った」ことである。父親のJoseph Blackwellは現在も存在する英国の食品会社クロス・アンド・ブラックウェル(Crosse & Blackwell、C&B)の創始者の子孫で、母のBlancheの父親を含むLindo兄弟はコスタリカで2万5千エーカーを所有してバナナを生産輸出する「Banana King」と呼ばれるほど裕福なスペイン系ユダヤ人だった。Blancheの父は彼女が2歳の時にジャマイカに移住し、そこで8千エーカーの土地を購入してサトウキビを作り、ラム酒の生産会社も始めた。Chrisが生まれた当時のジャマイカはまだ英国領だったので、彼の家族はジャマイカでは相当上流階級だったことになる。
Chrisの両親は彼が12歳の頃に離婚し、BlancheはChrisの教育のためにいったん英国に戻ったが、彼は健康面を含む数々の理由で英国の学校に馴染むことができなかった。それで、BlancheとChrisの両方とも自分たちが愛するジャマイカに戻ることになる。ホワイトカラーのオフィスの仕事が合わないChrisは、好きなジャマイカの音楽の世界に入り込むようになり、親の出資で1958年にIsland Recordsを創始したのだが、最初からすべてうまくいったわけではない。最初の大きなブレイクは、Millie Smallの「My boy lollipop」だ。この曲は、一度聴くと忘れられないキャッチーさがあり、私が夫と出会った頃から彼がよくドライブで流してきたので娘が子供の頃の水泳チームでも人気があった。わが家族にとって親しみ深い音楽の誕生背景を読むのはとても楽しかった。
Island Recordsというと、Bob Marley、U2、Jethro Tull, Grace Jones, King Crimson, Emerson, Lake & Palmer, Roxy Music, Brian Eno, Tom Waits, Traffic…と、70年代、80年代に青春を過ごした私たちにとって忘れられない有名なミュージシャンやバンドだらけだ。でも、こういう成功例ばかりではなく、Chrisが見過ごして後で大成功したミュージシャンも沢山いる。この本は、そういうこともざっくばらんに語っている。
たとえばBob Marleyの場合だが、Chris自身があちこちで語っているように彼がBob Marley and the Wailersを発掘した(found)のではなく、MarleyらがChrisをみつけた(found)のである。そのエピソードも面白かった。Chrisは「パフォーマーとしては平凡すぎ(too insipid)」とElton Johnを拒否し、U2よりSpandau Ballet(スパンダー・バレエ)のほうがずっといいと評価したことも書いている。普通の人なら成功したミュージシャンだけを挙げてすべて自分の手柄にしたくなるものだが、Chrisは正直に過去の自分の判断の間違いや失敗をさらりと告白している。これも、この回想録の良いところだ。
繊細なミュージシャンだったNick DrakeやCat Stevensへの特別な配慮、チャートのNo.1はならないがロングセラーになっているTom WaitsをIsland Recordsらしさとして挙げるところなどが、Chris Blackwellらしさであり、初期のIsland Recordsらしさと言えるだろう。ミュージシャンを細部までコントロールするのではなく、彼らに適した環境を与えて勝手に作らせるというChrisの態度は、21世紀の音楽ビジネスにはきっと合わないだろう。最終的に彼がIsland Recordsを売却したのもうなずける。
アラン・ドロンの妻だったNatalie Delon(昨年死去)が長年にわたってChris Blackwellとカップルだったというのも、私が今まで知らなかったことだった。この回想録の表紙の写真はナタリー・ドロンが撮影したものだが、彼女も長年にわたってジャマイカを訪問していたようだ。同業者(時にはライバルともいえる)だったヴァージン・レコードの創始者Richard Bransonとも長年親しくしており、ジャマイカでChrisを訪問しているBransonの写真があちこににあった。
Island Recordsの売却後にリゾートビジネスを始めたChrisは、ジャマイカにIsland Outpostという会社を作り、2つのリゾートStrawberry HillとGoldenEyeを経営している。この本でそれを知ったので、久々のバケーションで行ってみることにした。「いつかきっと」と後回ししているとチャンスが二度と巡ってこないかもしれないと新型コロナのパンデミックが教えてくれたからだ。
ブルーマウンテンにあるStrawberry Hillは、Bob Marleyが1976年に自宅で襲撃された後にChrisが彼を療養させた場所である。キングストンから45分ほど曲がりくねった道を上っていった場所にあり、歩いて行ける場所にUCCが管理するブルーマウンテンのコーヒー栽培地がある。

🇯🇲 🇯🇲 🇯🇲
もうひとつのリゾートGoldenEyeは、Ian Flemingが007シリーズを生み出し、シリーズのすべての作品を書いた別荘とそれを囲む土地をChrisがリゾートに変えたものである。

Chrisの母親BlancheはFlemingの妻が「ジャマイカの妻」と皮肉を込めて呼んだ長年の愛人だった。Flemingが死んだ後は息子のCasperが引き継いだのだが、彼が自殺した後にFlemingの未亡人がさっさと始末したがっているのを知り、母がその海で泳ぎ続けられるようにChrisがBob Marleyを説得して買わせようとしたという経緯がある。

当時Island Recordsは経営難だったのでChrisは買えなかったのだが、Marleyはレコードが売れたので経済的にゆとりがあったのだ。しかし、海沿いのGoldenEyeを見たMarleyが「自分にはあわない」と購入から手をひきたがり、その時には金回りが良くなっていたChrisが買うことにしたのである。いろいろなサイトで「Bob Marleyが購入し、MarleyからChris Blackwellが買った」という記録があるが、Blackwellによるとそうではなかったことになる。

Chrisのリゾートは多くの意味でIsland Records的だった。それぞれについてYouTubeチャンネルのほうで紹介するが、根本的な姿勢を作るのはChrisだが、後は従業員に任せるというゆるさがある。高級リゾートなのに、心地よい「いいかげんさ」があって、働いている人たちが皆楽しそうなのだ。Wifiがつながらなかったり、湯沸かしが壊れていて冷水シャワーだったりもするが、Ja Man, No problemという感じで、それすら「リラックスの教え」のように感じる。

Chris BlackwellはどこにもFlip Flops(ビーチサンダル、草履)で行くことを回想録に書いているが、彼がふだん住んでいる家を見ると嘘偽りのない姿だということをしみじみと感じた。どんなに成功してもジャマイカ人(Islander)としての自分の生き方を変えない、という姿勢には尊敬の念を覚えずにはいられない。