作者:R.F. Kuang
Publisher : Harper Voyager
刊行日:August 23, 2022
Hardcover : 560 pages
ISBN-10 : 0063021420
ISBN-13 : 978-0063021426
対象年齢:一般(PG12)
読みやすさレベル:8
ジャンル:歴史改変ファンタジー、歴史ファンタジー
テーマ、キーワード:19世紀英国、オックスフォード大学、アヘン戦争(Opium War)、大英帝国の植民地主義、自由貿易、他国からの搾取
1828年、広東。コレラで家族全員を失った白人と中国人ミックスの少年は、突然現れたオックスフォード大学の教授Lovellによって命を救われ、英国に連れていかれた。思いつきのRobin Swiftという名前をつけられた少年は、Lovell教授の息子でありながらも息子として認められることはなく、まるで教授の所有物のように、閉ざされた環境で厳しい教育を受けて育った。語学で優れた才能を持つRobinは、オックスフォード大学で「Babel」という名で知られる「Royal Institute of Translation」で言語と翻訳を学ぶことになった。そこで出会ったのは、Robinのように他国で生まれたマイノリティの学生たちだった。Robinは、英国に来て初めて他人との親しい関係を持つようになった。
Babelはオックスフォード大学で最もパワフルであり、そこで学ぶ学生は特別扱いされている。だが、一方で、肌の色が異なるRobinたちは白人の学生たちから身の危険まで感じる嫌がらせにもあった。それでも学生生活を謳歌していたRobinだったが、自分とそっくりな異母兄と出会い、かつてBabelに属していた者のアンダーグラウンド・グループの存在を知ってから多くのことに疑問を抱くようになった。
大英帝国の社会と経済を支えているのは、銀と、翻訳の魔力を使った銀の棒のパワーであり、そのパワーを作り出しているBabelだった。Babelでの翻訳者養成がオックスフォード大学のみならず大英帝国にとって重要なのは、植民地支配に不可欠なパワーだからだ。
よく理解できないままにアンダーグラウンド組織を手伝っていたRobinだが、兄を裏切り、組織と距離を置くようになっていた。しかし、卒業前の海外研修で行った中国で、(依存症が社会的に大きな問題をもたらしている)アヘン輸入を拒む中国に対して輸入を断固として押し付ける英国の姿勢を知り、Babelや自分の立場に強い疑問を抱く。Robinは衝動的に後戻りできない事件を起こしてしまい、一緒に中国に来ていた親しい仲間の3人も巻き込むことになる。追い詰められたRobinは、これまでの臆病な自分を捨てて行動を起こすことを決めた……。
読者も知っているようにオックスフォード大学にはBabelなどはない。銀の棒と翻訳を使う魔力も、もちろん創作である。けれども、このファンタジーでRobinが命をかけて抗議していた大英帝国による中国への侵略戦争「アヘン戦争(Opium War)」は実際に1939年から1942年にかけて起こった史実である。英国東インド会社がインドでアヘンを栽培し、プライベートな商人を使って中国に密輸入させ、その結果アヘン依存症が蔓延し、一方で中国からの銀の流出が増える社会問題になっていたのも事実だ。今振り返ると、非常に非人道的な戦争であったことがわかる。
作者は、4歳のときに中国からアメリカに移住し、国際情勢学では世界で最も有名なジョージタウン大学の「Walsh School of Foreign Service」を卒業。その後、英国に留学してケンブリッジ大とオックスフォード大の大学院で学び、現在はイエール大学の大学院で学んでいる26歳の若い女性だ。数多くの賞の候補になった Poppy Warは、ジョージタウン大学の学生だったときに書いたものだった。
この物語は、若さゆえの過度に理想主義的なところがあるし、主要人物にももどかしさを感じる。だが、それゆえにリアルな緊迫感がある。あちこちに散りばめられている歴史や言語も深い知識に基づいたものなので、そのあたりの詳細も面白かった。
ただし、YAファンタジーのようなロマンスの要素はまったくないし、「正しいことを行うための革命に使う暴力は正当化されるべきなのかどうか」という難しいテーマが含まれている560ページの分厚さなので、気晴らしに読めるようなフィクションではない。でも、これが非常によく売れているのだ。しかも若い女性読者に。
読み終わった1日後も、気づいたら「その後」や「異なる歴史」について考えているし、なかなか不思議な影響力を持つ本である。