ユートピア的なエンディングにがっかりしたリアルな危機を描く気候変動ディストピア The Light Pirate

作者:Lily Brooks-Dalton(『世界の終わりの天文台』の作者)
Publisher ‏ : ‎ Grand Central Publishing
刊行日:December 6, 2022
Hardcover ‏ : ‎ 336 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1538708272
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1538708279
対象年齢:一般(PG15+)
読みやすさレベル:8
ジャンル:文芸小説、スペキュラティブフィクション
テーマ:気候変動、フロリダ、近未来ディストピア、サバイバル、自然との共存

米国フロリダ州の小さな町に大型のハリケーンが近づいていた。妊娠後期に差しかかっている妻はハリケーンが到来する前に避難したいと願うが、夫はハリケーンの進路は逸れると信じて妻の願いを拒否する。夫の方は再婚で、前妻との間にもうけた8歳と12歳の息子がちょうど訪問している時だった。父と過ごす時間が少ない兄弟は、新しい妻に敵意を抱いており、親切に対応しようと努力している彼女を心身ともに疲弊させていた。夫が仕事で外出している間にハリケーンが到来し、反抗期の少年たちは姿を消した。この嵐の夜に誕生した女児が、このディストピア小説の主人公Wandaである。

大型のハリケーンが頻繁にやってくるフロリダは人が住むことが難しくなっており、人々はもっと穏やかな気候の場所に移動しようとしていた。大量の人間が移住を試みる混乱が起こるなか、家族を失ったWandaは隣人の女性科学者と協力してサバイバルを試みる…。

作者は、ジョージ・クルーニーが映画化した『The Midnight Sky』(原作はGoodnight, Midnight、邦題『世界の終わりの天文台』)で知られるLilly Brooks-Dalton。2022年末に刊行されたこの小説も近未来ディストピアで、出版前から話題になっていた。

最初のハリケーンの日の部分は、不安感や切迫感があり、「これからどうなるのだろう?」とページをめくらせるパワーがあった。しかし、フロリダに残ったWandaの一生はそう興味深いと思えなかった。特に、孤独なWandaがユートピア的なコミュニティと出会う後半には「それって、ちょっと楽観的すぎるんじゃないの?」と呆れてしまったというのが本音である。「生き残るために必要なだけの水や食料をどうやって確保しているの?」とずっとツッコミを入れながら読んでいたのだが、納得できる返事はなかった。

とはいえ、この小説が描く近未来のフロリダは、SFのディストピアというよりも、かなり実際の未来に近い。私の義母の弟は、長年持っていたフロリダのバケーションハウスをメインの住処にすることを決めてコロラドの家を売った直後にハリケーンでフロリダの家を失った。幸いにも叔父夫婦はハリケーン圏外の娘の家に避難していたので無事だったが、彼らの家だけでなく、彼らが住んでいた島も全壊だった。この本が出版されたのは、その直後だった。

気候変動により、以前よりも破壊力がある大型のハリケーンが毎年生まれて、フロリダ州を襲っているというのに、義弟夫婦のように北部にあるコネチカット州からわざわざフロリダ州に移住する者もいる。最大の理由は、フロリダ州は所得税を徴収しないからだ。金融業を自分で経営している義弟の収入はミリオンダラー単位(数億円)なので、「●億円」になる所得税を払わないでいられることは大きい。特にコネチカット州の場合は住民税(地方税)も高いので。もうひとつの理由は、義弟が気候変動否定派のフロリダ州知事を政治的に支持していることだ。このような理由で、義弟夫婦はフロリダの海沿いの高級住宅地に大きな新築を建て、昨年に引っ越しを完了した。叔父がハリケーンで家を失っても、義弟はびくともしていない。

「自分だけは大丈夫」というこのマッチョな自信は、Wandaが生まれた日に彼女の父親が抱いていたものと共通している。しかし、この愚かさのツケを払うのは、彼ではなく別の人々なのである。私にとっては、そこがこの本でもっともリアルなメッセージだった。終わりの部分は、私にとっては自然信仰やコミュニティの信頼とかいうユートピア感覚が鼻についてしまってすんなり受け止めることができなかった。

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