14世紀から16世紀にかけてインド南部に実際に存在したヴィジャヤナガル王国を舞台にしたサルマン・ラシュディの最新作 Victory City

作者:Salman Rushdie
Publisher ‏ : ‎ Random House
刊行日:February 7, 2023
Hardcover ‏ : ‎ 352 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0593243390
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0593243398
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさレベル:7
ジャンル:文芸小説/スペキュラティブ・フィクション/歴史小説
テーマ、キーワード:マジックリアリズム、ヴィジャヤナガル王国(Vijayanagar)、女性が作り上げた王国

インド南部で14世紀に建国されて16世紀に滅びたヴィジャヤナガル王国(Vijayanagar Empire)の首都Vijayanagarの遺跡で最近になって壺が発見され、その中からサンスクリット語の抒情詩が発見された。1565年に247歳で死んだ女性預言者Pampa Kampanaが書いた「Jayaparajaya」という抒情詩を現代語に訳したものがこの小説であるという設定。実際に存在したヴィジャヤナガル王国は、周囲の国に比べて文化的に自由さや多様性があり、裕福な国だったという記録がある。だが、黄金時代の後にイスラム教の国の侵略によって滅びた。

Pampa Kampanaが9歳の時に故郷の小国が争いに破れ、戦争で夫を亡くした寡婦たちが次々と「寡婦焚死」(焼身自殺)した。母が炎に身を投じたのを目の前で見たPampa Kampanaは、自分は絶対に夫の後を追って焼身自殺しないと心に決めた。

そんなPampa Kampanaに女神は「女が(寡婦殉死)しなくてすむ世界を作るようにしなさい」と囁き始めた。女神の言葉を話すようになったPampa Kampanaの元には多くの人が相談に来るようになった。ある時、叡智を求めてきた牛飼いの兄弟にPampa Kampanaは野菜の種を渡し、母親が焼身自殺をした場所に蒔くように言う。兄弟が蒔いた種から、新しい王国が生まれ、兄が王になる。そして、Pampa Kampanaは兄と結婚して女王になり、突然現れた市民の耳に歴史を囁いていく。

Pampa Kampanaには予知能力などの魔力があるだけでなく、ほぼ不老だった。周囲の者が老いていっても、彼女だけは20歳くらいにしか見えないままだった。女神の言葉が聞こえるPampa Kampanaですら悲劇を逃れることはなく、いくつもの試練を経て、王国の最後を看取ることになる…。

作者のRushdieは、1988年に刊行した『The Satanic Verses(悪魔の詩)』のためにイランの最高指導者から死を求められ、何度も暗殺未遂にあっている。そして、昨年2022年8月にはニューヨーク州のステージの上で襲撃され、命はとりとめたものの片目を失明し、片手が不自由になったと報じられている。

この小説は、襲撃前に既に完成していたものであり、事件の影響は関係していない。しかし、この中にもある宗教による抑圧については、Rushdie自身の経験を感じることができる。

生命の危険にさらわれながらも書き続けるRushdieを応援したいし、この本を愛したい気持ちは強かったのだが、率直に言って愛することができなかった。

というのは、私にとってRushdieが作り上げたPampa Kampanaは「女」ではなく、「男が勝手に想像する女」でしかなかったからだ。王国を作り上げることができ、市民の耳に囁いて洗脳することができる能力がある女性が重視するのが、おおっぴらに夫以外の愛人を持ち、公共の場に性的なアートを公開するような性的なフリーダムだというのは、男性のファンタジーでしかない(そもそも、女性が平等な権利を持たなかった時代でも、欧州の貴族の女性はおおっぴらに愛人を持っていた)。男性作家はよくこういう感じの「強い女性」像を書くのだが、読むたびにうんざりしてしまう。女性が本当に欲しがっている「平等」や「権利」はそんなものじゃない。

Pampa Kampanaのように予知能力があり、人の耳に囁いて洗脳できる能力を授けられたとしたら、本当に強い女性であれば、自分が君主になるか、それが許されなくても背後ですべての政治を操るのは間違いない。Pampa Kampanaはまったくそれをやらないし、普通の女性でも犯さないような愚かな失敗をくりかえす。女とはそういうものだとRushdieは無意識のうちに思い込んでしまったのかもしれない。まったく共感できないPampa Kampanaとそれを作ったRushdieに対してもやもや、イライラしながら、なんとか最後までつきあった。

私はこういう読み方しかできなかったが、インド南部にかつて実際に存在した王国のことを想像しながら、Rushdie独自のマジックリアリズムの世界を楽しめる人もきっといるだろう。ネガティブな私の感想で決めつけずにご自分でも試してみていいただきたい。

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