作者:Mikki Brammer(デビュー作)
Publisher : St. Martin’s Press
刊行日:May 9, 2023
Hardcover : 320 pages
ISBN-10 : 1250284392
ISBN-13 : 978-1250284396
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさレベル:6
ジャンル:現代小説
テーマ、キーワード:death doula、death cafe、終末期の後悔、「死」に対する人々の姿勢、孤独感
幼稚園の時に教師の突然死に遭遇し、その数年後に両親を亡くし、ニューヨーク市で母方の祖父に育てられたCloverは「死」に対して恐れではなく親しみを抱くようになっていた。Cloverは学校の級友から変人扱いされて孤独になり、大学ではthanatology(サナトロジー、死亡学)を学んだ。世界中を旅して死に関する異なる文化を学んでいた途中に最愛の祖父が急死して、失意のなかでdeath doulaという職業につくことを選んだ。
doula(ドゥーラ)とは、もともとは出産前後に母親をサポートする人のことである。医学的な専門職ではない。21世紀になって使われるようになったdeath doula(end-of-life doula, end-of-life coach, death midwife, death coachなどとも呼ばれる)は、出産時のdoulaのように、死期が迫った人とその家族の心身のサポートを行う職業である。医学の専門職ではないが、病院が紹介することも多い。
人は死を目前にした時に「ああしておけばよかった」という後悔を持つ。Cloverはその後悔をノートに書きとめ、実現することができなかった彼らのかわりにそれらを実行することである種の「生きがい」を持っている。けれども、自分自身の人生は孤独で、祖父の長年の友人である老人以外には友達もいないし、これまで誰かとキスしたことさえない。交友関係がないCloverが他人と関わる場所は、見知らぬ者同士が集まって「死」について語り合う「death cafe」である。
そのdeath cafeで知り合った男性から、末期がんで終末期を迎えている彼の曾祖母のdeath doulaになることを依頼された。そして、彼女の後悔が過去の恋人であることを知ったCloverはその男性を探し出そうとする…。
death doulaやdeath cafeという興味深いテーマを取り扱っていて、しかも私が大好きなEleanor Oliphant Is Completely Fineに似ているという前評判だったので、とても期待して読んだ。興味深い部分もあるのだが、全体的にはモヤモヤ感のほうが多い作品だった。読了後にいろいろ調べて、私が感じた違和感の理由がわかったような気がする。
私が好きなEleanor Oliphantの場合は、彼女が他人に対して厳しい孤独な女性になった理由が最後のほうで暴かれる。そこで、彼女が実際にはすごく努力して生きているサバイバーなのだということを知り、涙せずにはいられなくなる。しかし、Cloverの場合には(彼女自身が思い込んでいる)孤独の理由がまったく納得できないのである。多くの人に比べるとかなり幸運な子供時代だと思う読者は多いだろう。また、death doulaは医学的な専門職ではないが、人間をありのままに受容する精神的な成熟が不可欠である。この小説ではCloverは優秀なdeath doulaということになっているが、彼女が他人に対して抱く批判の心中の声を聞くと、精神的な未熟さを感じずにはいられない。
また、クライアントの「死」に関する感情についても私は疑問に感じた。何十年もやっていると心理的に麻痺してくることはあるだろうが、医学の専門家であっても自分が担当した患者の死は心理的にインパクトが強いものである。私自身も病院勤務時代に遭遇した死はいつも相当辛かった。しばらく夢に出てくるくらいだ。これから死にゆく人たちの心理的な葛藤にずっとつきあうdeath doulaは、ものすごく辛い時があるはずで、プロフェッショナルであることと、ひとりの人間であることの間で悩むこともあるだろう。そのあたりが興味深いのにまったく描かれていなかったので調べたら、作者はdeath doulaではなく、アートや建築分野のジャーナリストだった。ニューヨーク市に住みはじめてからdeath cafeを知り、そこからこの小説を思いついたらしい。
話題作であるし、一般の読者評価も高いが、「死」を扱うのであれば、もっとどっぷりと悪夢を見るほどに体験し、そこから数ヶ月かけて回復してからにしてほしかったというのが正直な感想である。