昔から忙しい時やストレスがたまるとすぐにミステリと心理スリラーを読み漁る癖があるのだが、あまりにも沢山読むので頭の中で複数のスリラーが融合してしまうという困った副作用がある。似たようなテーマのミステリやスリラーが多いことも原因。最近writing retreat/writers retreatをテーマにした2冊のスリラーにでくわした。
retreatは、日本人の場合「撤退」とか「退却」という動詞で見かけたことが多いと思うが、英語圏では「日常生活から離れて、瞑想や療養、研究、学習をする場」という意味の名詞で使われることがよくある。writing retreat/writers retreatとは、作家(あるいは作家志望者)が書くことに専念するために一箇所に集まることを意味する。
日本に存在する老舗旅館での「文豪缶詰プラン」のように、英語圏でも田舎の美しいホテルに一人で籠もって書くwriting retreatがある。けれども、典型的なwriting retreatは都市から離れた保養地で行われるプログラムだ。参加者はほぼ1日ずっと書き続け、その後で全員が集まって互いの文章を批評したり、ディスカッションしたりする。トップクラスのものだと人気作家がゲストで登場したり、文芸エージェントがスカウトに来たりもするらしい。
このように説明するとあまり危険な雰囲気はないwriting retreatなのだが、次の2冊によると、かなり危険な場所のようである。むろん、作家にとっては同業者が集まって文章を書いて批判しあうなんで怖い場所には違いないが(苦笑)。
まずは、タイトルそのものがテーマの The Writing Retreat
作者:Julia Bartz(デビュー作家)
Publisher : Atria/Emily Bestler Books
刊行日:February 21, 2023
Hardcover : 320 pages
ISBN-10 : 1982199458
ISBN-13 : 978-1982199456
対象年齢:一般(R)
読みやすさレベル:7
ジャンル:心理スリラー
テーマ、キーワード:writing retreat、作家志望者、カリスマ作家、ホラー、sapphic(女性の同性愛)
元ルームメイト兼大親友のWrenと破滅的なブレイクアップを経験したAlexはそれ以来友人関係もなくしてしまい、文章も書けなくなっている。 そんな時に、共通の友人が朗報をもたらした。超エリートのwriting retreat参加者に選ばれたというのだ。しかも、その主催者は謎めいたカリスマ女性作家Roza Valloである。一般人が足を踏み入れることができないValloのお屋敷に1ヶ月無料で住みながら文章を書くことだけに集中し、Valloから直接指導を受けることができる。そればかりか、出版の手助けもしてもらえる。
長年Rozaに憧れていたAlexは胸を踊らせるが、元親友で現在はライバルでしかないWrenも選ばれたということにショックを受けた。最も避けたい人物と一緒に過ごすことは気が進まなかったが、チャンスを掴みたいAlexは参加を決意した。
Rozaのwriting retreatのメソッドは想像を超える強烈なものだった。1日に最低3000字を書けなかった場合には即座に追い出される。1日分をプリントアウトして届けた後のディスカッションでは、個人攻撃のような残酷さでこき下ろされる。そればかりか、倫理を超えているとしか思えないゲームにまで参加させられる。
時には怯えすら感じながらも、参加者の誰もretreatを脱落しようとはしない。とはいえ、誰かが死んでからは離れたくても離れることが不可能になるが…。
心理スリラーというよりも、途中からはホラー映画の展開になっていくsapphicな雰囲気の小説。2023年の注目作品のひとつであり、ニューヨーク・タイムズ紙でも紹介されていたベストセラーだが、完成度はいまひとつ。設定は2021年刊行のJean Hanff Korelitz著『The Plot』に似ていて、ミステリに慣れている読者ならすぐに何が起こっているのか想像できる。問題は、展開がクレイジーになりすぎて「その設定にはちょっと無理がありすぎてリアリスティックじゃない」とイライラしてきてしまうこと。
そのイライラ度が強くて、ホラー苦手の私なのにぜんぜん怖くなかったというくらい(苦笑)。
性的な緊張感は現代のLGBTQではなくて、ちょっと昔の「Sapphic」と表現するのがピッタリな感じ。スピード感がある展開の、クレイジーなホラー映画が好きな方にはお薦め。
私の評価は星3.5/5
📕📖📗📖📘📖📗📖📘📖📙📖📗📖📘📖📕📖📗📖📘📖📙📖📗📖📘📖📙📖
次は2022年末刊行の A Quiet Retreat
作者:Kiersten Modalin
Publisher : Kiersten Modglin
刊行日:October 25, 2022
Paperback : 254 pages
ISBN-10 : 1956538313
ISBN-13 : 978-1956538311
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさレベル:6
ジャンル:心理スリラー(ポップコーン・スリラー)
キーワード、テーマ:writing retreat、作家のジェラシー
5人の作家が新規にオープンしたという「Black Hills Manor Writing Retreat」から招待状を受け取った。宣伝してもらうためのプロモーションなので、自然の中にあるお屋敷での1週間の滞在費と食料品はすべて無料だという。1日中創作に費やし、残りの時間は他の作家との交流を楽しめる。
ところが、作家たちがやってきた屋敷では不可解なことが起こり始める。個室からモノがなくなり、不気味な音が聞こえる。作家たちが互いを疑うようになったとき、事件が起きる…。
2つのタイムラインで進行するこのスリラーは、過去のタイムラインで現在の状況を誤解させる罠もある。けれども深いプロットではなく、シンプルすぎるほどシンプル。深読みする人は、わかってから「なんやねん!」とムカつくかもしれない(プロットもそうなので、私は何度もムカついた読者)。
この作家は、あまり期待せずに軽くスリルを楽しむ類のスリラーを書くことで知られており、なかには「ポップコーン・スリラー」と呼んでいる読者もいる。
Amazonでの一般読者の評価は冒頭のThe Writing Retreatより高いのだが、私の評価は、星2.5/5
どちらも「It doesn’t make sense!」と叫びたくなることが多かったのだが、The Quiet Retreatのほうはここまで大げさなことをすることの理由そのものが相当馬鹿げていたので、マイナス点が多かったというわけ。
でも、どちらも頭を空っぽにしてストレス解消するためには有効なので、こういったスリラーが好きな方は試してみていただきたい(特に後者はKindle Unlimitedなので)。