冷戦時に南仏の小さな町で起こった奇怪な事件を題材にしたWomen’s Prize for Fiction候補の文芸小説 Cursed Bread

作者:Sophie Mackintosh
Publisher ‏ : ‎ Doubleday
刊行日:April 4, 2023
Hardcover ‏ : ‎ 208 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0385548303
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0385548304
対象年齢:一般(R)
読みやすさレベル:9
ジャンル:文芸小説、文芸ミステリ、歴史小説
テーマ:実際の事件、冷戦時のフランス、ポンサンテスプリ(Pont-Saint-Esprit)、アメリカCIA、Frank Olson、ジェラシー
文芸賞:Women’s Prize for Fiction(元オレンジ賞、ベイリー賞)候補

第二次世界大戦の記憶がまだ消えない冷戦時代の南仏の田舎町ポンサンテスプリ(Pont-Saint-Esprit)に住むパン屋の妻Elodieは、夫から無視されて満たされない毎日を送っていた。小さな田舎町の人間関係は狭く、よその町から嫁いできたElodieには心許せる友人もいない。だが、「ambassador」(大使)と呼ばれる外国人男性とその妻のVioletが町に移住してから町そのものが変貌し、ElodieはambassadorとVioletからの誘惑のゲームに取り込まれていく…。

英国の由緒ある文芸賞「Women’s Prize for Fiction(過去にはオレンジ賞、ベイリー賞とも呼ばれていた)の候補作になっただけあって、優れた文章力を感じる作品である。Elodieと夫のパン職人、ElodieとViolet、Violetと夫のthe ambassador、Violetとパン職人、Elodieとthe ambassadorの間に流れる性的な緊張感と心理的なゲームがこの小説の中心にあるのだが、その背後にあるのが、1953年に南仏で実際に起こった謎の事件である。

住民の多くが突然幻覚症状に襲われ、7人が死亡して46人が精神病院に収容されたこの事件では、長い間「麦角菌(ばっかくきん、エルゴット)」に汚染された小麦粉が原因の食中毒だろうと推測されていた。しかし、後日あるジャーナリストによって異なる見解が明らかになった。アメリカの細菌学者で戦時中に生物兵器の研究に従事していたFrank Olsonが実は1951年にポンサンテスプリに滞在しており、LSDが人々の行動にどのような影響を与えるかというCIAによる人体実験を行っていた可能性があるというのだ。オルソンはホテルの窓から飛び降りて死に、政府はそれを「自殺」と説明したのだが、後日CIAによってLSDをもられたという文書が見つかった。オルソンがCIAによって殺害されたのは、人体実験の極秘の内容を外部に漏らしたからだとも言われている。

これが事実かどうかは不明だが、この小説はこの推察をもとに作られていると思われる。

個人的に好きな小説かと訊ねられたら「No」である。しかし、小さな町の狭い人間関係の中での一人の女性の絶望と渇望が引き起こす幻覚のような語りは魅惑的である。どこまでが現実で、どこまでが幻覚なのかわからない文章も文芸賞の候補になる価値はある。2023年ではなく、20世紀後半の1980年代あたりに書かれた本であれば私の胸に響いていたかもしれない。

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