作者:Joan Biskupic
Publisher : William Morrow
刊行日:April 4, 2023
Hardcover : 416 pages
ISBN-10 : 0063052784
ISBN-13 : 978-0063052789
対象年齢:一般(PG12)
読みやすさレベル:8(文章そのものは難しくないが、内容を理解するためにはアメリカの時事に通じている必要がある)
ジャンル:ルポ
テーマ、キーワード:アメリカ最高裁判事、大統領による最高裁判事の指名、最高裁の保守化、「ロー対ウェイド判決」を覆す判断
アメリカの最高裁は、ある意味大統領以上にアメリカという国を動かすパワーを持っている。例えば、公立学校での黒人と白人の分離政策を定めていた南部の州の州法を違憲と認めた1954年の「ブラウン判決」は全米の教育を変え、州政府が同性カップルに対し婚姻許可証を発給しないことは憲法第14修正違反であるという2015年の判決で同性結婚が全米で合法になった。そして、女性が人工妊娠中絶を受ける権利が憲法で保証されるプライバシーの権利の一部であるとした1973年の「ロー対ウェイド判決」によって、全米で中絶が合法化されることになった。
ところが、2022年にこの「ロー対ウェイド判決」が最高裁によって覆されるという前代未聞の事態が起こったのである。それについては「中絶の権利をめぐるアメリカの闘い~なぜ今、『超保守』のバックラッシュが始まったのか」というイミダスのコラムに書いたので、詳しい経緯はそちらを読んでいただきたい。
最高裁は9人の判事で構成されており、司法の最高峰にある最高裁の判事は知識も倫理観も人格もそれに匹敵するものであるというイメージがある。彼らが判断の基準にするのは「アメリカ合衆国の憲法」のみであり、権力が一箇所に集中しないように作られた「三権分立」に従って、立法と行政からの影響を受けず独立した判断をすることになっている。実際に、ジョージ・W・ブッシュ大統領が就任する前までは、保守かリベラルか不明である判事が選ばれることが多く、政治に左右されないことを誇りにしている判事も多かった。注目されるような大きな判決は「5対4」というたった1票の差で決まることが多いのだが、以前は票の行方が不明なことが多々あった。
しかし、最高裁は急速に政治的になり、三権分立は怪しいものになっている。
次は私がイミダスに書いたコラムからの抜粋だ。
アメリカ連邦最高裁判事の定員は9人で、死亡するか引退するまで入れ替えはない。トランプ大統領は、4年の任期中に3つの席を保守派判事で埋めた。1つ目は、前任のバラク・オバマ大統領時代にできた空席だ。にもかかわらず、当時上院で多数派を占めていた共和党議員がオバマ大統領指名の候補を200日以上も拒否し続け、トランプが大統領に就任してから保守派のニール・ゴーサッチ判事を指名した。2つ目は、保守派判事の引退に伴い、トランプが保守派ブレット・カバノー判事を指名。3つ目は、リベラルのアイコンだったルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の病死により、わずか4カ月後に控えていたジョー・バイデンの大統領就任を待たずに保守派エイミー・コニー・バレット判事を指名した。
かつてのアメリカ議会であれば、1つ目の空席はオバマ大統領、3つ目はバイデン大統領が指名することで納得されていたはずのものだった。しかし、ポリティカル・コレクトネスをものともせず当選したトランプ大統領によって勢いづいた共和党は、なりふり構わずに自分たちの権力を追求するミッチ・マコーネル上院多数党院内総務のリーダーシップによって、超保守の最高裁判事を3人も任命することに成功した。今回「ロー対ウェイド判決」を覆した5人の判事のうちの3人だ。
米国の最近の動向としては、国民レベルではリベラルが過半数になっている。しかし、小さな州にも同等の権力を与えるという建国当時からの法により、上院と大統領の選挙では小さな州で力を持つ保守が結果的に有利になっている。共和党が任命に成功した判事たちはまだ若い。終身制なので、今後最高裁がリベラルに傾く可能性は見えてこない。これまでアメリカで起こった多くの変化に不満を抱く保守のグループは、最高裁が絶対保守の間にそれらの変化を覆す準備をしている。
これほどのパワーを持つ9人の最高裁判事がどのようにして選ばれているのか、またそれぞれがどのような人物なのかを詳しく説明しているのが本書「Nine Black Robes」である。
作者のJoan Biskupicはワシントン・ポスト紙やUSA Todayで最高裁特派員をつとめ、法科大学院で教鞭を取り、最高裁長官のジョン・ロバーツをはじめ、サンドラ・デイ・オコーナー、アントン・スカリ、ソニア・ソトマイヨールなど最高裁判事の伝記を刊行し、現在はCNNの法律アナリストになっている。
アメリカの主要新聞でニュースを読んでいる人にとっては目新しい内容ではないかもしれない。また、ドライな文体が「つまらない」と感じる読者もいるようである。しかし、アメリカが近年どう変わってきたのかを、最高裁の背後にある政治も絡めて説明する本としては非常に優れていると思う。
読んでいる途中で何度も暗い気分になってしまったが、知っておくべきことが多い重要なノンフィクションである。