
作者:Kaveh Akbar
Publisher : Knopf
刊行日:January 23, 2024
Hardcover : 352 pages
ISBN-10 : 0593537610
ISBN-13 : 978-0593537619
対象年齢:一般(R)
読みやすさレベル:9
ジャンル:文芸小説
キーワード、テーマ:Martyr(殉教者)、宗教、イラン、生きる意味、母と息子
文芸賞:National Book Awards最終候補
本書は2024年のアメリカでの話題作で、いくつもの賞の候補やベスト作品に選ばれた。話題になっていたこともあって何度か読みかけたのだが、どうしても入り込めなくて途中で読みやめていた。それについては2024年の「これを読まずして年は越せないで賞」の年末トークでも話題にしていた。
そのまま放置していたのだが、ミレニアル世代の娘が「とても良かった」と何度も薦めるのでもう一度挑戦してみることにした。
主人公の青年Cyrusはイランで生まれたが、幼い時に父と一緒にアメリカのインディアナ州に移住した。母は1988年に起こったイラン航空655便撃墜事件(イランーイラク戦争のさなかに、米軍がイランの民間機を戦闘機と誤認して撃墜し、搭乗していた290人全員が死亡したもの。アメリカは後に遺族に賠償金を支払った)で死亡し、その大きな出来事が心理的に大きな傷として残っていた。その心の傷に加えて移民として最低限の暮らしに甘んじている工場労働者の父の人生が、生きることへの疑問に繋がり、Cyrusは脆弱な心理状態からアルコールやドラッグの依存症になっていた。
20代後半になり、アルコール依存症から抜け出す努力を始めているCyrusは「殉教」に強く執着していて、そのテーマについての本を執筆したいと思っている。イラン人で「殉教」と言うと、宗教的なものを連想しがちだが、彼は「これはイスラムの話ではない」と主張する。「世俗的で平和主義的な殉教者について」であり、「自分を超えた何かのために命を捧げた人のこと」だと定義する。
ニューヨークのブルックリン美術館で、末期がんのイラン人女性アーティストが「死」をテーマにしたパフォーマンス・アートをしていることを知り、Cyrusは執筆の調査のためにアーティストに会いに行く。訪問者は美術館で椅子に座っているアーティストに数分ずつ「死」について何を質問してもよいというパフォーマンス・アートであり、彼女との会話に引き込まれたCyrusは毎日アーティストに会いに行く…。
Cyrusがアーティストに会いに行く現在の舞台は2017年なのだが、物語はインディアナ州でのサイラスの子供時代や、1980年代後半のイランでの彼の両親の生活など、過去のいくつかの時代に飛ぶ。
インディアナ州という保守的なアメリカ中西部で異端者として育ったCyrusは、周囲から受け入れてもらうために「病的なほどの礼儀正しさ」を身につけた。そういう過去が彼の精神的な不安定さに影響していることがわかる。
また、主人公はCyrusなのだが、いくつかの異なる登場人物の視点で描かれる章がある。Cyrusのシュールな夢の章や散文詩(作者のAkbarは、この小説を書く前には詩人としていくつかの本を刊行している)も含まれている。
非常に入り組んだ小説であり、注意を払っていないと誰が何を話しているのか混乱してしまう。そういう意味で、文法レベルでは理解が困難ではないものの、「読みやすさレベル」を9にした。
「生きる意味」の模索がこの小説のテーマであり、これはイラン系移民のCyrusではなくても多くの若者が体験することであろう。その点で共感や感動を覚える読者は多いと思う。たぶん私の娘もその一人ではないかと思うのだが、私はやはり心理的な距離を感じずにはいられなかった。
それは私が60年以上生きてしまい、すでに実際の「死」の近さを感じる年齢になったからかもしれない。「死」が漠然とした遠い未来にあって、「選択」であった若い頃とは異なり、この年齢では自分で選ばなくてもすでに終わりは身近に来ている。生きる意味や意義について考えるよりも、毎日を無駄にしたくないと思う私の年齢では、心理的にCyrusに近づきにくいのだろう。
Martyr!は、若い頃に読みたかった小説である。

