
作者:Katie Kitamura
Publisher : Riverhead Books
刊行日 : April 8, 2025
Print length : 208 pages
ISBN-10 : 059385232X
ISBN-13 : 978-0593852323
対象年齢:一般(R)
読みやすさレベル:8.5(ページ数が少ないので読了しやすいが、理解するのが困難な類の小説)
ジャンル:文芸小説
キーワード、テーマ:舞台女優、他人の視点でのアイデンティティ
ある程度の知名度がある中年の舞台女優がマンハッタンのレストランでかなり年下の男性と会うシーンでこの小説は始まる。他者の目には2人は母と息子に見えるかもしれないし、金持ちの女と若い愛人に見えるかもしれないし、実際には若い男が年配の女を騙そうとしているのかもしれない。2人の関係が他者の好奇心をかきたてることを自覚している彼女自身も、この関係を明確には把握していない。
この若者は女優が自分の実母だと思い込んでいるようだが、女優はそれはありえないという。そもそも2人の間には「(ここでは特定されていない、白人ではない)マイノリティ人種の背景がある」というゆるいレベルでの共通点しかない。
この2人の関係は、小説が進むにつれて明らかになるどころか、変貌していく。ページを飛ばして読んだら、まったく別の小説を読んでいるのではないかと思うほどだ。
後半では、この若い男性は、女優とその夫の疎遠になってた息子としてガールフレンドと一緒に転がり込んでくる。そして、「父親」の優しさにつけこんで「両親」の住処と人生を乗っ取ろうとする。
この関係性の変貌はまったく説明されることはないし、プロットらしいプロットはない。だから、通常の小説を期待して読むと混乱することはまちがいない。
おそらくこの小説でKitamuraが描こうとしたのは、社会におけるそれぞれの人間のパフォーマンスとその受け止め方(perception)なのだろう。人は意識するしないにかかわらず他人の視点に対してパフォーマンスを行う。そのパフォーマンスは「母」「恋人」「妻」といった役割を満たすものであり、周囲の人間はそのパフォーマンスに対応してパフォーマンスを行う。「家族」が舞台劇だとしたら、それぞれのパフォーマンスにより家族劇の質やレベルも異なってくる。すべてのシチュエーションは流動的であり、その流動的なところをKitamuraは舞台劇のように表現している。
舞台劇では評論家は影響を与えるものの結果的に出来不出来を決めるのは観客である。Kitamuraの小説の場合も作者は登場人物(役者)の舞台監督をしているだけであり、小説(劇)として成功しているかどうかを決めるのは読者(観客)ということになるのだろう。
興味深い小説であり、緊張感があるので飽きることなく読了できる。最初に読んでいて思いだしたのは「高校生の頃に私が書きたかった文芸小説はこういうものだった」というものだ。曖昧で、トリッキーで、クレバーで、理解されるのを拒む小説だ。けれども、65歳になった読者の私が今年の選書にするかというと首をかしげてしまう。興味深く読んだけれども魂に響くような部分がなかったからだ。
オバマ大統領の選書は本好きの間ではよく知られていて、そのリストを参考に本を選ぶ人は少なくない。2021年のオバマ大統領の夏の選書に含まれていたIntimaciesで日系アメリカ人作家Katie Kitamuraの名前を初めて知った人も多いと思う。
オバマ大統領の2025年夏の選書はまだ発表されていないので、本書が含まれるかどうか興味深いところだ。

