情熱的なファンが解説する伝説的「世捨て人」作家 J. D. Salinger: A Life

Kenneth Slawenski
ハードカバー: 464ページ
出版社: Random House (2011/1/25)
ノンフィクション/伝記

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サリンジャーの分析や伝記はこれまでにも多く出版されている。けれども、1952年にニューハンプシャーの田舎町コーニッシュに移住してから頑にプライバシーを守った彼の人生を知るための材料は殆どない。サリンジャーの死後初めてメジャーな出版社(ランダムハウス社)から出版される伝記「J. D. Salinger: A Life 」は、「これまでに明らかにされなかった新たなマテリアルが含まれているのでは?」と注目されていた。


結論から言うと、残念なことに、本書にはそういった新たな情報は見当たらなかった。熱烈なファンは、「ウィキペディアの詳細版」と批判するかもしれない。

けれども、私は本書を楽しんで読ませてもらった。特に最初の200ページほどが素晴らしい。

Photo-22 非常に興味深かったのが第二次世界大戦に従軍したサリンジャーの体験だ。この体験を知るのと知らないのでは、「ライ麦畑でつかまえて」の読み方が変わると思った。告白すると、私は若い頃に読んだ邦訳の「ライ麦畑でつかまえて」が好きではなかった。約25年前に英国で英語版を買って読んだ(右の写真)が、やはりHoldenが鼻についた。 彼の怒りやフラストレーションは、贅沢な環境にある若者の戯言にしか思えなかったのである(高校の授業で読んだ娘も似たような感想を抱いていたのが面白い)。だが、あの残酷な戦争を体験した後で書いたことを考慮すると、異なる読み方ができそうな気がする。なんせ、6人に1人しか助からなかった闘いの間もこの本のアイディアを温め続けたというのだから。

また、若い頃に「フラニーとゾーイー」などグラース家のサガを「ライ麦.. 」より楽しんだものの理解できたとは言いがたかったので、本書の解説がとても興味深かったのだ。サガがどのようにして作られていったのかを、当時のサリンジャーの状況や心境とあわせて解説している部分に本書の価値があると思った。

もうひとつ私が楽しんだのは、作家としてのサリンジャーの移り変わりである。生意気で反抗的で実力がなくても野心と自信に満ちていた青年時代、短編の原稿を何度も出版社に拒否され、それでもくじけなかった強靭な自信には脱帽せずにはいられない。最初のうち徹底的に拒否されたのに、後に「ファミリー」になるほど強い絆を作った文芸誌「The New Yorker」との関係は興味深かった。テレビが登場する前のアメリカ出版業界の雰囲気も面白い。

著者のKenneth Slawenskiは、プロの伝記作家でもなく、大学の研究者でもなく、ただの「情熱的なサリンジャーファン」のようである。彼のウェブサイトdeadcaulfields.comは、サリンジャー関係では最も充実しているものの一つのようだ。

サリンジャーは矛盾に満ちた人物だった。本書の著者は、それを知りつつなるべく中立であろうとした努力は感じ取られるが、やはり情熱的なファンらしく「欠陥を含めてすべてを愛する」式の「中立」である。

例えば、悪名高いJoyce Maynard事件である。1972年、当時イェール大学の18才の学生だったJoyceが書いた記事を読み、サリンジャー(当時53才)は自分からコンタクトを取る。それがきっかけで、Joyceはイェール大学を中退してサリンジャーと10ヶ月同棲した。サリンジャーは家族旅行の途中で一方的にジョイスを切り捨てたのだが、この出来事について Slawenski はたったの2パラグラフしか割いていない。しかも、あたかも「そうクレームをつけた女学生がいて回想録を書いたが、内容には眉唾も..」といった扱いだ。読者はこれでは納得しないだろう。Joyceは現在も活躍している作家なのだから、少なくとも取材するべきではないか。

また、サリンジャーの3人の妻を含め、彼がつき合った女性の数々についても、彼女達の立場や言い分はまったく書かれていない。サリンジャーに女を見る目がなかった、と暗示しているようなところがあり、これが実に不満だった。

私が最も気に入らなかったのは、サリンジャーが自分で作り上げた孤独の解釈である。「プライバシーを守りたい」、「作品を守りたい」という欲求は、どの作家にもある程度あるだろう。しかし、サリンジャーの場合は、常道を逸しているだけでなく、根底に「膨大なエゴ」があると思えてならない。本の表紙やロゴまで完璧にコントロールし、少しでも期待を裏切ると、長年親しくしてきた編集者まで切り捨ててしまう。こんな行動は、ナルシズムとしか呼びようがない。彼はエゴイスティックであることを嫌っていたのではなかったのか?女性に飽きたら簡単に捨てる、親友のたった一つの過ちを許せずに切り捨てる、といった行動は、彼が重視した「スピリチュアルであること」と相反するのではないか?作品を書いたら、最も大切なのは読者になるのではないだろうか?
けれども、サリンジャーはこういった自問もせず、全てをコントロールしたいがために、最終的に「自分のためだけに書く」という道を選ぶ。

優れた芸術家というのはエキセントリックでエゴイスティックでも許されるのだろうが、サリンジャーは、ホールデンがあれほど蔑んでいたPhony(いんちき)になってしまったような気がしてならない。本書でSlawenski はそれに少し触れるが、それを掘り下げずにサリンジャーの弁護に徹したような気がする。それが残念だ。

最初の半分は★5つの価値があるが、最後の半分は残念ながら★2つ程度だった。だが、最初の半分を読むだけでもこの本を買う価値はあると思った。

●読みやすさ やや難しい

文章そのものは難しくありません。

けれどもドラマチックな伝記ではなく、細かい字で500ページ近くあります。

詳細がだらだらと続くので、よほどのファンか、文学評論を読み慣れている人か、伝記好きでないと、退屈になって続かないでしょう。

●作家Joyce Maynardの回想録

 

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2 Comments

  1. こんばんは。またまた今日、今週号の「TIME」を読もうと、最初に選んだ記事が同じもので、また思わず投稿させていただきました♪ またまた詳しく知れてありがとうございます。記事はこちらです。その本について渡辺さんがおっしゃられたこともいくつか書かれていました。勉強になります。
    http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,2044727,00.html
    タイムには1998年に40歳年下の奥様と仲良く歩く写真も掲載されていました。きっとこの本もサリンジャーがまだご存命なら、出ていなかったでしょうね。
    日本でも村上春樹版が出るほどの人気振りですものね。日本でもこの本に興味をもたれる方も多いかもしれません。

  2. こんにちはangelさん。
    いただいたリンクを試したのですが、TIMEは購読していない人には全部読めないようなので残念でした。内容はよく分かりませんが、同じようなことが書いてあったというのは興味深いです。
    そうそう。40歳下の奥さんと手をつないだ写真がありました。
    これは、サリンジャーが存命だったらあり得なかったでしょうね。
    これからもまだ伝記は出てくると思うのですが、その場合は、黙っていた人々が口を開くかどうかが焦点でしょうね。
    サリンジャーの作品がどの時期にどんな状況下で書かれたのかを知るためには、非常に参考になる伝記だと思います。

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