モンタナ州の大学町で起きたレイプ事件の数々からアメリカの良識と法を問う問題作 Missoula

著者:Jon Krakauer
ハードカバー: 384ページ
出版社: Doubleday
ISBN-10: 0385538731
発売日: 2015/4/21
適正年齢:PG15+(レイプの詳細を扱っているが、高校生のうちに読むべき本なのであえて)
難易度:中級+(法律関係の単語は難しいと思うが、実際に起きたことを描いた部分はシンプルで読みやすい)
ジャンル:ノンフィクション/ルポ
キーワード:レイプ(rape)、デートレイプ(date rape, acquaintance rape)、フットボール、性犯罪

モンタナ州立大学があるミズーラは、典型的なアメリカの大学町である。住民たちは州立大学のアメフトチームThe Grizzlies(グリズリーズ)の大ファンで、アメフト選手は神様のように扱われている。

アメフトチームの選手たちに輪姦された女子大生を皮切りに、複数のレイプ被害者が表面化したミズーラは、全米から注目を集めた。けれども、こんな町では、アメフト選手にレイプされたと訴える女子学生は動かぬ証拠(医学的な物的証拠や加害者自身の証言の録音)があっても、「嘘つき」と非難される。

アメフト選手たちは、若いがゆえの、男ゆえの、ちょっとしたミスをおかしただけじゃないか。反省してるじゃないか。それなのに、彼らの人生を破壊しようとするなんて、ひどい女たちだ……。住民たちは、レイプの被害者たちをまるで犯罪者のように扱い、加害者を「かわいそうな男の子」として庇おうとする。

ふつうの住民だけではない。性犯罪を起訴するのが役割の女性検事Kirsten Pabstの態度がそうなのだ。国の組織、The Department of Justice(司法省)が入り込んで調べたところ、2008年1月から2012年5月までに被害者からの訴えを調査したのが350件なのだが、Pabstはただの1件も起訴していない。

それどころか、モンタナ州立大学が独自に調査して「有罪」と認め、退学を言い渡した加害者のために、Pabstはわざわざ大学を訪れて無罪にするよう擁護しているのである。その過程で、Pabstは被害者を貶めている。

だが、この点でも、ミズーラは強いアメフトチームを持つ典型的なアメリカの大学町なのである。警察は被害者に対しては「ボーイフレンドはいるのか?」とか犯罪とは無関係の心を傷つける尋問をするくせに、加害者が「牢獄に入れられるのではないか」と驚いて泣きだすと「大丈夫だよ」となだめているのだ。そして、「訴えられたレイプの半数は嘘」という男権団体がネットで流している間違ったデータを信じている。

だが、実際には、レイプの9割は警察には届け出されていない。届け出されたレイプに嘘が混じっているのは事実だが、それは50%などという大きな数字ではなく、しっかりした調査では2〜10%と言われている。

作家としてのKrakauerの優れたところは、レイプ被害者だけでなく加害者の視点を通じて、事件を身近に体験させてくれることだ。読んでいるうちに、胸が痛くなり、涙が出てくる。被害者だけでなく、加害者の親としてのやるせない気持ちを体験するのは辛いものである。

でも、この「辛さ」を体験するのが重要なのだ。

多くのレイプは、普通の人が信じているようなものではない。大部分は加害者と被害者は知り合いだ。そして、加害者の多くは、自分がやったことを「レイプ」だとは思っていない。ただのアグレッシブな性体験だと思っている。相手が「no」と言っても、押しのけても、相手が血だらけになっていて病院に行くほどの怪我をしていたも、それが性体験の一部だと思っているから、被害者からレイプだと訴えられて心底驚く。そして、かえって自分が犠牲者だと思うのだ。被害者がどれほど心的外傷を受け、生涯人間不信や不安発作などの外傷後ストレス障害を持つのか、想像もしていない。

それには、(本書でも触れているが)ポルノ映画や男女の役割に関する社会的な信念などが影響している。

レイプに関する信念では、一般人も加害者と似たようなものだ。加害者に無罪を言い渡した陪審員のひとりがレイプの定義はこうだと言う。

“(1) A stranger jumps out from the bushes; (2) There is no (assault) unless the woman puts up a fight, to the death if necessary.”((1)見知らぬ人が茂みから飛び出してくる (2)被害者の女性が死ぬまで抵抗しないかぎりは暴行ではない)

もちろんこれは間違いだ。被害者は必要であれば死も覚悟して抵抗しろ、なんて自分が被害者にならないと信じているから言えることだ。
アメリカの大学は入学生に最初からレイプの定義を言い渡している(本を読めば、それが浸透していないことは明らかだが)。

過去に性的な関係があっても、現在キスなどをしていても、途中でどちらかが「No」「I don’t want to do it」と意志を明らかにしたら、ストップしなければならない。相手が拒否や抵抗をしても性交渉を続けたら、それはレイプなのである。「部屋に入れてくれた時点で許可を得た」というのは間違いである。

ナイーブな新入生の女子大生をレイプするためにパーティを計画する男子学生の告白も載っているが、それを読むと娘を持つ親は背筋が寒くなるだろう。

若者たちが性犯罪の被害者にならないためにはもちろん、加害者にならないためにも、レイプの定義、そして実際はきちんと知っておくべきだ。

この本を読めば、被害者はもちろん、加害者にも、被害者や加害者の親にもなりたくないと思うはずだ。

だからこそ、これから大学に行く高校生だけでなく、親にも、教師にも、「レイプの被害者」を責める傾向がある一般人も、つまり全員に読んで欲しい本である。

若い男性読者が多い堅実なノンフィクション作家のKrakauerがこのテーマを取り上げてくれたことに、心から感謝したい。

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