著者:Natasha Pulley
ハードカバー: 304ページ
出版社: Bloomsbury Pub Plc USA
ISBN-10: 1620408333
発売日: 2015/7/14
適正年齢:PG15(高校生以上)
難易度:上級
ジャンル:歴史ファンタジー/スティームパンク/ミステリ
キーワード:英国、ヴィクトリア朝後期、明治時代、伊藤博文、毛利家、アイルランド民族運動、テロ、時計職人
19世紀後半(ヴィクトリア朝後半)の英国。
未亡人になった姉の家族の面倒をみるためにピアニストの夢を諦めたNathaniel(Thanielと呼ばれている)は、英国内務省の事務所で電報のオペレーターになる。食べていくのがやっとで、出世の可能性もない単調な生活は、下宿している部屋に突然現れた懐中時計により激変する。
贈り主が不明のその懐中時計は、アイルランド民族運動過激派の爆弾テロからThanielの命を救う。
時計についていた署名のMoriがイタリア名だと思っていたThanielは、Filigree Streetにある店を訪ねてMoriが日本人だったことに驚く。
Keita Mori(同じ綴りでも、森ではなく、毛利だと後で説明している)の作る時計は、英国で最も優れた職人にも真似できないほどの精巧さで、Thanielが職場で知り合った警察長官は時限爆弾テロにMoriが関わっている信じている。怪我の手当をしてくれたMoriの親切さに心動かされたThanielは彼と同居し、Moriを犯人と決めつける警察長官をなだめる努力をする。外務省から引きぬかれたThanielは毛利が伊藤博文の元秘書で貴族だということを探り当てて報告するが、それでも逮捕の決定は揺らがない。
同時期にオックスフォード大学で物理学を学んでいたGraceは、貴族の娘としてはやく結婚して落ち着くよう諭す両親のプレッシャーから逃れて一生実験を続けたいと願っていた。
叔母が残してくれた屋敷があるのだが、独身のままでは引き継がせてもらえない。そこで、同級生の日本人留学生Akira Matsumoto(松本あきら)に冗談半ばで結婚を持ちかけてみるが、軽くかわされてしまう。親が結婚を薦める外務省の閣僚にしぶしぶ会いにでかけた外交パーティでThanielに出会い、友だちになったところで政略結婚を持ちかける。
結婚することでGraceは叔母の遺した家で実験を続けることができ、ThanielはGraceが得る遺産で姉の家族の面倒をみることができる。どちらにとっても得な結婚になるはずだった。
だが、Moriは初めて会ったときからGraceを嫌う。Graceも、未来を予測するらしいMoriの意図に深い懐疑心を抱く。三人の関係に緊張が高まるなか、ふたたびテロと暗殺の危機がやってくる。
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オックスフォード大学卒業の若い英国人女性が、明治時代の日本人男性をファンタジーの主要キャラにしたことに興味を抱いてARCを読ませてもらった。ヴィクトリア朝の英国と明治時代の日本が入り交じるファンタジーなんて、最高ではないか!伊藤博文だって出てくるのだから。
天才的な時計職人Keita Moriは架空の人物だが、毛利家の親族で貴族ということになっている。未来を「記憶」している彼は、将来Thanielから英語を学ぶので、二人が出会ったときにはThanielの出身地の訛りがある完璧な英語を話している。Moriが何を考えていて、何を求めているのか、周囲にはまったくわからない。時おり相手がまだ言っていないことに答えてしまったり、大切な人物を守るためにやり過ぎたことをするMoriを周囲は疑いの目で見るが、ThanielだけがMoriを信じつづける。この関係がとてもいいのだ。
女らしくなく、男性の気持ちがまったく読めないGraceもそれなりに魅力的だ。この3人からシャーロック、ワトソン、メアリーの関係を連想する人もいるだろうが、ちょっと違う。あまり登場しないのが残念だが、(外国人としての引け目を感じないようにか)英国紳士よりオシャレで交友関係が広いMatsumotoの設定もなかなかのものだ。百人一首の小野小町の歌を翻訳して読んだりする場面などにもニヤリとさせられる。
しかし、ダントツにいいのはMoriが作った機械じかけのタコだ。読者は、靴下を盗んでは隠すこのタコが欲しくなってしまうだろう。
SF、ファンタジー、ミステリ、そしてスチームパンク、歴史も混じったユニークな小説で、プロットよりもディテールが楽しかった。明治時代の日本人男性がロマンスの対象になるファンタジーなんてめったにないので、ぜひお試しあれ。