『アラバマ物語』の著者の「失われていた処女作」 Go Set a Watchman

著者:Harper Lee(To Kill a Mockingbirdの著者)
ハードカバー: 288ページ
出版社: William Heinemann
ISBN-10: 1785150286
発売日: 2015/7/14
適正年齢:PG12(中学生以上)
難易度:中級+(シンプルな英語だが、三人称と一人称が混じるので混乱するかもしれない)
ジャンル:文芸小説
キーワード:To Kill a Mockingbirdアラバマ物語

今日発売されたHarper Leeの新作『Go Set a Watchman』の背景について以前ブログ記事で紹介した。

読むべきかどうか迷ったのだが、話題作だし、興味を抱く人が多いと思ったので読んで正直な感想を語ることに決めた。

時はTo Kill a Mockingbirdより後の設定で1950年代。26歳になったScoutは今ではJean Louiseと呼ばれ、ニューヨークで暮らしている。兄のJemが突然死した後、父のAtticusは息子の友人のHenryを跡継ぎとして息子のようにかわいがっていた。ニューヨークと故郷アラバマのどちらにも惹かれ、反発もするJean Louiseは、Henryから何度求婚されても将来を決めることができないでいる。

Jean Louiseが故郷でバケーションを過ごすうち、父のAtticusとHenryに自分が知らなかった陰の部分があることを知って衝撃を受ける。人種差別などはしない清廉潔白な人物だと信じ、尊敬していた二人が、白人優先主義かつ人種分離主義で知られるCitizens’ councilの会議に出席していたのだ。Jean Louiseは、二人と衝突し、二度と故郷には戻らないと宣言する。けれども、真相はそう単純なものではなかった……。

*** *** ***

出版社による出版前の説明では、この原稿は続編ではなくTo Kill a Mockingbirdの元になった処女作だということだ。ずっと失われていたのが最近見つかったというけれど、眉唾だと思っている。本人が承諾したとい うことだが、健康状態が悪くなっている著者がどれだけ意思疎通できるのかは不明である。というのは、本人が書きなおして「続編」として出版しようと思ったら、元原稿を紛失していても書き直せたはずの内容だからだ。それでも続編を出さなかった のは、Harper Lee自身が「出版に値しない」と信じていたからだろう。彼女が信頼する編集者がそう伝えたのかもしれない。(7/14日に読了した時点での私の意見)
(7/15追記:これまでのメディア記事で7/14日時点では上記のように信じていたが、Leeの現在の弁護士とエージェントのインタビューを観て実際に本人が承諾したと信じるようになった。けれども、この小説販売で直接利益を得る家族、出版社、エージェント以外の第三者で「これは出版に値するし、出版するべきだ、と推した」という人は名乗りでていない。取材に応じた弁護士によると、Leeの友人で何人かそういう人はいるが、非常に注目されている出来事なので名乗り出ないらしい

To Kill a Mockingbirdが好きな読者としてとても残念なのだが、小説としての完成度は低い。”What a mess!”と思わず口に出してしまったくらいだ。

文章が固く、洗練されていない表現があまりにも多いのだ。そのうえ、「いったい何のためにこの部分を書いたのか?」と首をかしげたくなるような、ストーリーやテーマに貢献しない部分も山ほどある。

そういった面で、じつに「初心者の初稿」らしい原稿といえる。原稿を読んだ編集者がこの小説を出版しなかった理由がとてもよくわかる。つまり、「このままでは出版できない原稿」がLeeの作品であるがゆえに刊行されたのである。

しかし、読み進めていくうちに、”It’s a mess, but an interesting mess”と思い始めた。完成度は低いし、余計な文章も多いが、だからこそ読み応えがあるとも言える。特に、当時の南部の人々、状況、信念、偏見が修正なしにそのまま描かれているところがいい。AtticusやHenryの言葉から、良心がある白人の有識者たちがなぜ「人種分離政策」を信じていたのかがよくわかる(ただし、賛成するわけではない)。

著者のLeeは、この主人公と同じようにアラバマ出身で、ニューヨークに住み、Atticusのような弁護士の父を持っていた。だからなのだろう。この小説には、東部のリベラルな人々に対して「南部の人々にもこういう言い分があるのだ。残酷な人種差別者ばかりだとは決め付けないでほしい」と擁護したかった気持ちがにじみ出ている。

興味深いのは、LeeがAtticusに語らせた南部の白人のセンチメントが現在とまったく同じだということだ。
こんなに時間が経ってもアメリカの人種差別はまだ解決していない。そういう意味で、Leeが語らせたAtticusとHenryは間違っていたことになるし、To Kill a Mockingbirdよりもずっと深い問題を現代人に突きつけているかもしれない。

それなりに読み応えはあるが、To Kill a Mockingbirdが好きな読者はAtticusのイメージが変わってがっかりするかもしれない。Mockingbirdでの強いメッセージも濁ってしまう気がする。本当の友達なら「出版はやめたほうがいい」と伝えたと思う。

それが私の正直な感想だ。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中