「アメリカで黒人であるとはどういうことか」を歯に衣を着せずに語った注目のエッセイ Between the World and Me

著者:Ta-Nehisi Coates
ハードカバー: 176ページ
出版社: Spiegel & Grau
ISBN-10: 0812993543
発売日: 2015/7/14
適正年齢:PG 12
難易度:最上級(詩的かつ婉曲的な文章なので、意図の理解には英語ネイティブでも努力が必要)
ジャンル:エッセイ/回想録
キーワード:アメリカ、人種問題、黒人差別、奴隷制度
文芸賞:全米図書賞受賞
Newsweek掲載

Ta-Nehisi Coatesは、犯罪と暴力が日常茶飯事のメリーランド州ボルチモアで生まれ育ち、ハワード大学を中途退学した後、由緒ある月刊誌The Atlantic掲載するようになった珍しい経歴の黒人ライターだ(注:アメリカではBlackのかわりにAfrican Americanと呼ぶのが政治的に正しいという人もいるだろうが、著者自身がBlackと使っているので、ここでも「黒人」という訳を使わせていただく)。

人種問題の改善策についてオバマ大統領とは異なる見解を持ち(ここに彼の意見が詳しく書かれている)、アメリカ合衆国での黒人差別を語るうえで最も重要な論者のひとりとみなされている。

「Between the World and Me」は、1963年に刊行されたJames Baldwinの 「The Fire Next Time」からインスピレーションを得たCoatesが、14歳の息子に語りかける形を取ったエッセイだ。

「アメリカ人の父が息子に与える言葉」というと、「アメリカは誰にでも機会を与える素晴らしい国」だから、「大きな夢を持て」という内容を予想するのではないか。

だが、この本は全く逆なのだ。

Coatesは、自分自身も長い間、「美しい芝生がある完璧な家、メモリアルデー祝日に隣人が仲良く前庭に集うバーベキューパーティ、ツリーハウスとカブスカウト、ペパーミントの香りがして苺ショートケーキの味がするもの(It is perfect houses with nice lawns. It is Memorial Day cookouts, block associations, and driveways. The Dream is treehouses and the Cub Scouts. The Dream smells like peppermint but tastes like strawberry shortcake.)」という夢に逃避し、祖国アメリカを毛布のように頭にかぶっていたかったと告白する。

だが、それは自分たち黒人には不可能なのだとCoatesは息子に語りかける。なぜなら、祖国アメリカは黒人を犠牲にしてできあがったものであり、この夢は白人のDreamだからだ。

「国民の自由と平等」を掲げるアメリカだが、建国時にはこの「平等な国民」に黒人奴隷や女性は含まれていなかった。それに、アメリカの初期の富は、黒人奴隷を所有物として消費することで産みだされたものだ。「美しい芝生がある家や隣人との和やかな交流」というアメリカらしさも、その歴史の上に積み上げられたものであり、アメリカの歴史は、「国民の平等」といったイノセントな嘘をいくつも夢に書き換えている。

アメリカ合衆国は国民を平等に扱うはずだ。そして、国民を守る神聖な誓いをしているのが警察官だ。

なのに、おもちゃの銃を持っていただけの12歳の少年、武器を持っていなかった18歳の少年、路上でタバコをバラ売りしていた43歳の男性が、黒人というだけでいとも簡単に警察官に殺されている。(BuzzFeedにも最近の例が載っている)。黒人は、少しでも疑いがある行動をしたり、言い返したりしたら、肉体を破壊される可能性があるのだ。

だから、黒人の親は、わが子に「おもちゃでも銃を持ってはいけない。フード付きのジャケットは着てはならない。警官にどんなに侮辱されても言い返してはいけない」と教えなければならない。黒人の大統領がいても、それがアメリカの現実なのだ。

何の罪もない18歳の黒人青年マイケル・ブラウンを殺した警官が無実になった日、国の正義を信じられる環境で育ったCoatesの息子は、その「夢」を失い、自分の部屋にこもって泣いた。

それに胸を痛めながらも、父は息子の肩を抱いて「大丈夫だ。心配するな」と慰めはしなかった。

なぜなら、彼自身が一度として「大丈夫だ」と信じたことがなかったからだ。

Coatesの父親はかつて息子にこう語った。

that this is your county, that this is your world, that this is your body, and you must find some way to live within the all of it.(これがおまえの国で、これがおまえの生きる社会で、これがおまえの身体だ。このすべての中で生きる方法をなんとかして探すんだよ)

そして父になったCoatesは息子にこう語る。

the question of how one should live within a black body, within a country lost in the Dream, is the question of my life, and the pursuit of this question, I have found, ultimately answers itself.(夢に没頭している国で、黒人の肉体を持っていかに生きるべきか、という問いは、私の人生そのものへの問いかけであり、それを追求すること が、最終的には答えになるとわかった)

このように、著者の息子に代表される若い世代の黒人読者を想定して書かれたエッセイなのに、なぜか発売後白人読者からも高く評価され、ニューヨーク・タイムズベストセラーになり、ついに全米図書賞の候補にもなった。

話題になったきっかけのひとつは、ノーベル文学賞受賞者トニ・モリスンの推薦文だ。モリスンが「required reading(必読書)」と呼んだおかげで、ツイッターの読書クラスタは「モリスンがそこまで褒めるなら読まなくちゃ」という感じで盛り上がった。その中には白人読者もたくさんいた。

この思いがけない白人フォロワーたちに、Coatesは戸惑っているようだ。The Daily Beastの取材でも次のように不思議がっている。

「I don’t know why white people read what I write(なぜ白人が僕の書くものを読むのかよくわからない)」「I didn’t set out to accumulate a mass of white fans.(白人のファンを大量に集めようとして書いたわけじゃない)」

彼が言うように、白人読者を意識した部分はないし、歯に衣を着せない率直さだ。

アメリカ合衆国は、黒人をモノとして保有し、使い、取引することで富と力を得た国であり、その歴史がアメリカ合衆国の白人と黒人の間にいまだに深い溝を作っている

深い溝を埋める方法を提案するでもなく、溝に橋をかけようとするオバマ大統領の手法にも賛成しない。多くの人々の努力で達成した進歩もさほど評価しない。そんなCoatesの言葉に、「じゃあ、私にどうしろと言うのか?」とフラストレーションを覚えたのは事実だ。

だが、Coatesは、私のためにこの本を書いたわけではない。彼は、「わかってくれ」などとは頼んでいない。このエッセイは、「夢に没頭している国で、黒人の肉体を持っていかに生きるべきか?」というCoates自身の人生の問いを追求する試みなのだから。

そう考えれば、たしかに「全米図書賞」の候補になる価値があるエッセイだ。

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