男の身体に生まれてしまった少女を守り通した家族の実話 Becoming Nicole

著者:Amy Ellis Nutt
ハードカバー: 304ページ
出版社: Random House
ISBN-10: 0812995414
発売日: 2015/10/20
適正年齢:PG 12(本を理解できるのは中学生以上だが、小学生から語り合うべき内容)
難易度:中級〜(日本人にとってはかえって読みやすいタイプのノンフィクション)
ジャンル:ノンフィクション(ルポ)
キーワード:性同一性障害、性転換、双生児、LGBT(lesbian, gay, bisexual, and transgender)、人権、家族、学校、いじめ、政治的アジェンダ、宗教右派、ヘイトスピーチ

(なぜか上記の日本のアマゾンからは廉価のキンドル版がみつからないので、下記をクリックしてください)

同性婚が次々と合法化され、有名人がゲイ、レズビアン、トランスジェンダーを公表しているアメリカなので、LGBT(lesbian, gay, bisexual, and transgender)に対する偏見が日本より少ないというイメージがあるかもしれない。

だが、アメリカには日本にない類の宗教による偏見と差別がある。
しかも、日本に住んでいる人が想像できないほど陰険で、危険なレベルの差別なのだ。ゲイやトランスジェンダーだというだけで憎まれ、殺されることすらあるのだ。とくに中西部や南部でその傾向が強いのだが、リベラルが多いことで知られる東海岸北部でも、田舎に行くと保守的な住民が多い。

子どもができなかったWayneとKellyのMaines夫婦は、男の一卵性双生児を養子にし、WyattとJonasと名付けた。育て始めて間もなく、外からはまったく同じように見える二人の行動がまったく異なることに夫婦は気付いた。
車やトラックという”男の子らしい”ものが好きなJonasに対して、Wyattのほうはバービー人形が好きで、人魚姫ごっこをしたり、ドレスアップしたがるのだ。

Maines夫婦が住むのは、東海岸だが保守的な地域だ。とくにWayneは共和党の保守的な信念を持っている。母親のKellyは、「自分は女の子だ」と主張するWyattをそのまま受け入れて娘を守ろうとするが、Wayneのほうはなかなか受け入れることができない。
しかし、そのうちWayneにもWyattが男の子の身体に生まれてしまった女の子だということが明らかになり、夫婦は専門家の協力のもとにWyattがNicoleに変わるプロセスを始めた。(注:性転換のホルモン療法や手術は、ある程度の年齢にならないとできないし、してはならないことになっている)

Screen Shot 2015-12-23 at 5.05.05 AM

Peopleマガジンの表紙になった双子

Wayneが通う公立学校では、最初は彼女が「女の子」として振る舞うのを容認していた。ところが、Nicoleの同級生の少年が過激な宗教右派の祖父にそれを言いつけ、学校に対する宗教右派の攻撃が始まり、学校はNicholeを見捨てることを選んだ。
それまでは級長に選ばれるほど人気者だったNicoleは、女友達と一緒に女子トイレを使うことを禁じられ、先の同級生の少年から身の危険を感じるほどのストーキングを受けてうつ状態になる。

母のKellyは娘を守るために背後で学校と交渉を続けてきたのだが、学校が娘を見捨てて宗教右派の肩を持ったのは明らかだった。そこで、夫婦は娘の安全のために女子トイレを使わせてくれるよう学校を訴えた。だが、NicoleとJonasにとって馴染みある学校はしだいに居心地の悪い場所になり、Kellyはついに子ども二人を連れてリベラルな都市に引っ越す……。

最近元オリンピック選手のブルース・ジェンナーが「自分はトランスジェンダーだ」とカミングアウトしたことが話題になった。

けれども、こういったカミングアウトの問題は、トランスジェンダーを特異な存在として揶揄したい人々の好奇心を掻き立てるだけで、一般のトランスジェンダーへの理解を深めるものではないということだ。

『Becoming Nicole』は、ブルース・ジェンナーのカミングアウトとはまったく異なるタイプの本だ。もともとは保守的だったアメリカ人夫婦が、「私は女の子だ」と主張する息子(しかも養子)のために自らの偏見を捨て、大きな家や安楽な生活も捨て、最後まで愛する子どもを守り通した胸を打つ実話である。

著者は、ピューリッツァー賞を受賞したこともあるワシントン・ポスト紙の記者で、4年かけて本書を書いたという。

宗教右派たちは、この本を読まずして「男の子にドレスを着せて女の子にした毒親」扱いしているが、ちゃんとした人物であれば、政治的に右寄りであろうが左よりであろうが、Maines夫婦の動機が「親の愛」だということはわかるはずだ。

新聞記事のような文章であり、生物学的な解説の部分が「退屈だ」と気に入らない読者もいるようだが、私はどちらもこの本の長所だと思った。

わからない単語は多出すると思うが、それは調べればすむことだ。文章そのものは日本人に理解しやすいタイプなので、お薦めしたい。

多くの人に読んでもらってから語り合いたいので、2016年の「これを読まずして年は越せないで賞」に持ち越させてもらおうと思う。

4 thoughts on “男の身体に生まれてしまった少女を守り通した家族の実話 Becoming Nicole”

  1. Pingback: 2015 これを読まずして年は越せないで賞候補作 | 洋書ファンクラブ

  2. Pingback: 2016年 これを読まずして年は越せないで賞 候補作発表! | 洋書ファンクラブ

  3. Pingback: 2016年これを読まずして年は越せないで賞決定! | 洋書ファンクラブ

  4. ブログをいつも楽しみに読ませていただいています。まだ洋書は少ししか読み進められていませんが、由佳里さんお勧めの本はとても面白いです。解説もわかりやすくて洋書選びの参考になります。
    ところで、今Becoming Nicole を読んでいるのですが、第2部はじめに引用されているジャック・デリダの言葉のnatureはどういう風に解釈するのが良いのでしょうか?教えていただけると嬉しいです。

Leave a Reply