母国の「不都合な歴史」を若者に教える全米図書賞候補ノンフィクション Most Dangerous

著者:Steve Sheinkin(ほかに、Bombなど)
ハードカバー: 370ページ
出版社: Roaring Brook (2015/9/22)
ISBN-10: 1596439521
適正年齢:PG12(中学生から高校生向けだが、大人にも読みごたえあり)
難易度:中級レベル(日本人の英語力ではもっとも読みやすい類のノンフィクション)
ジャンル:YA/ノンフィクション
キーワード:ベトナム戦争、ダニエル・エルスバーグ、反戦運動、国家機密漏洩
賞:2015年全米図書賞最終候補/2016年YALSAノンフィクション賞受賞作

私より10歳以上年上のアメリカ人なら、ダニエル・エルスバーグ(Daniel Ellsberg)という人物に対してはっきりとした意見を持っている。「政府の嘘を暴露してベトナム戦争を終わらせた英雄」か、あるいは「英雄ヅラしている国家機密を漏らした裏切り者」である。

しかし、その世代が歳を取ったいま、アメリカではエルスバーグの名前どころか、ベトナム戦争そのものの記憶が薄れてきている。アメリカ政府にとってはそのまま忘れ去ってもらったほうが都合がいいと思うのだが、国民が忘れそうになると、必ず新しい本が出版される。

Steve Sheinkinの『Most Dangerous』もその一つだ。1945年から1968年にかけての「ベトナムにおける政策決定の歴史」通称「ペンタゴン・ペーパーズ」という極秘報告書を報道機関に漏洩したダニエル・エルスバーグを中心にベトナム戦争の歴史を語るノンフィクションで、『Most Dangerous』というタイトルは、ニクソン政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官だったキッシンジャーが、エルスバーグのことを“the most dangerous man in America”と呼んだところから来ている。

この本がこれまでの本と異なるのは、まず、読者ターゲットが中学生から高校生というところだ。

そして、冒頭から、変装した元FBIエージェントのG.ゴードン・リディと元CIAエージェントのハワード・ハントが、エルスバーグの精神科医の事務所に押し入るというスリリングなシーンで始まる。しかも、このとんでもない犯罪を彼らに命じたのは、アメリカの大統領だというのだ。ノンフィクションが苦手で、飽きっぽい中学生の読者であっても、「なぜ大統領がそんなことをするの?」と好奇心を抱いて読み続けたくなること間違いなしだ。

ダニエル・エルスバーグは、非常に複雑な経歴を持つ人物だ。
ハーバード大学を上位の成績で卒業したにも関わらず、愛国精神から海兵隊に従軍し、戻ってからはランド研究所で核兵器を専門とする戦略アナリストになり、ハーバード大学院で経済学の博士号を取得し、エルスバーグ・パラドックスという有名な論理を生み出し、1964年に国防長官ロバート・マクナマラの元で勤務していたときには、共産党の侵略を防ぐためのベトナム戦争を擁護するタカ派だった。

すでに反戦運動が高まる大学のキャンパスを訪問してベトナム戦争の正当性を語ることまでしていたエルスバーグの考え方が変わり始めたのは、自ら訪問したベトナムでの体験と、当時恋におちた反戦派のパトリシア・マルクスの影響だった。

エルスバーグが職場で読んだ機密書に綴られていたのは、代々の大統領が国民につき続けた嘘であり、彼がベトナムで目撃したのは、その嘘のために酷い死を迎えるベトナム人とアメリカ人の姿だった。

『Most Dangerous』は、ノンフィクションでありながらもスパイ小説のようなスリルたっぷりで、ベトナム戦争の残酷な描写は容赦なく、ロマンスの要素もあり、読者を最後まで飽きさせない。娯楽小説のように読ませながらも、ベトナム戦争の背景とエルスバーグが政府の秘密文書を漏洩する経緯をしっかりと伝えているのは快挙だ。

エルスバーグの体験をたどるうちに、読者も自然に「正しいことをする」ことの難しさや苦悩を感じることができるのだが、この小説はエルスバーグを「英雄」として扱うことでは終わっていない。周囲の人々を犠牲にして我を通すエゴイスティックな部分も描いており、年若い読者を見下さない著者の真摯さを感じる。

また、エピローグの部分で、著者は読者に難しい質問を投げかけている。
「政府が機能するためには、情報の一部を秘密にする必要がある。しかし、機密保護はどこまでが過剰になるのか?政府の機密情報を市民が漏洩するのは正当化されるのだろうか?だとすればどんな場合なのか?」と、2013年に起こった元CIA職員のエドワード・スノーデンの例をあげている。

とはいえ、ベトナム戦争という過ちから学んだはずのアメリカ人は、ふたたびイラク戦争という過ちをおかした。私はスノーデンよりも、そこに触れて欲しかった。「戦争に負ける初めてのアメリカの大統領になりたくない」というモチベーションで戦争が続くのを、アメリカのティーンはどう思うのだろうか?

本書を読むと、国のトップが戦争を続ける理由の愚かさと、そのために犠牲になった人々の悲劇にあらためて胸が痛む。でも、私たちはアメリカだけを責めることはできないのではないか?
自分の国はどうなのか?過去をきちんと分析して反省しているのか?

「大統領や政府は嘘をつくものだ」という都合が悪い真実を語るティーン向けのノンフィクションが売れ、しかも全米図書賞の最終候補になるのもアメリカなのだ。母国の不都合な歴史をこれほどオープンに語ることができる国は、まだ世界では稀である。

中高生が対象なので語彙と文章が非常にシンプルであり、日本人にはとても読みやすいだろう。

2件のコメント

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