輝く将来をがんで奪われた若き脳外科医が遺した言葉 When Breath Becomes Air

著者:Paul Kalanithi
ハードカバー: 256ページ
出版社: Random House
ISBN-10: 081298840X
発売日: 2016/1/12
適正年齢:PG12(中学生以上)
難易度:上級(文学的な表現があるので、理解しにくいところもあるだろう)
ジャンル:エッセイ
キーワード:がん末期、自分の死、予期悲嘆、グリーフ、夫婦愛、家族愛、生きることの意味。

アメリカで脳神経外科医になるのは非常に難しいし、時間がかかる。

アメリカには日本のような「医学部」がなく、医師になるためには、4年制の大学を卒業してから通常4年制のメディカルスクール(医学大学院)で学ばねばならない。メディカルスクール卒業後にはレジデンシープログラム(日本で言うなら研修プログラム)があるのだが、これは専門によって大きく異る。

アメリカでは、心臓外科医や脳神経外科医はスターだ。
一人前になったら、病院から優遇され、豪邸を持ち、裕福になれる。
だが、メディカルスクール卒業後に脳神経外科のレジデントとして受け入れてもらえるのは、全米でたったの160人だ。しかも、一人前の脳神経外科医になるまでに7年の「下積み生活」(レジデンシープログラム)を終えなければならない。

だから、メディカルスクールでもっとも成績がよく、しかも競争心が人一倍強い人でないと脳神経外科医の道は選ばない。

本書『When Breath Becomes Air』の著者Paul Kalanithiは、スタンフォード大学病院でレジデンシープログラムの激務をこなしていた脳神経外科医だった。

子どもの頃から文学を愛し、作家を夢見ていたKalanithiは、大学卒業後に人生の意義を考え、医学の道に方向転換した。少し道草をしたので36歳になっていたが、その体験もこれからの仕事に活かせると思っていた。けれども、骨にまで転移している末期の肺がんに罹患していることがわかり、その夢を奪われてしまった。

医師として日常的に「死」とかかわり、心理的な距離を抱くことに慣らされていたKalanithiは、長年愛してきたT.S.エリオットやウォルト・ウィットマンなどの文学を通して自分の死を見つめようとする。けれども、それは簡単なことではない。

Kalanithiは、本書を完成させる前に亡くなった。
妻のLucyがあとがきでそれに触れているが、もっと書きたいことはあっただろうし、ちゃんと校正できなかった後悔もあっただろう。
けれども、未完成だからこそ感じる生の怒りや悔みが感じられる。

人は誰でもいつかは死ぬ。

それが遅くやってくる幸運な人もいれば、早くやってくる不運な人もいる。

そこに理屈などはなく、人生とは不公平なものだ。

最後まで「人生の意義」にこだわったKalanithiに、「私ならこの選択はしない」と思う人はいるだろう。身勝手だと感じる部分もあるかもしれない。
でも、これは彼が当事者として悩んだ上での選択なのだ。
私ならどうするのかは、その立場になってみないとわからない。

だから、私は彼の人生を分析・評価するつもりはまったくない。

私たちにできることは、「自分に与えられた人生を、自分なりに意義があるものにする」だけだ。

手遅れになる前に。

そんなことを考えさせられた本だった。

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