ソーシャルメディアが少女たちから奪った貴重なものとは… American Girls

作者:Nancy Jo Sales
ハードカバー: 416ページ
出版社: Knopf
ISBN-10: 0385353928
発売日: 2016/2/23
適正年齢:PG 12(性的な内容が多いが、中学生にも読んでもらいたい内容)
難易度:中級+(アメリカの若者が会話に使うスラングなどが多いが、基本的にはわかりやすい英語)
ジャンル:ノンフィクション/ルポ
キーワード:ソーシャルメディア、思春期、心理的外傷、ネットいじめ、ネットポルノ

どの時代のどの国にも、子ども同士の「いじめ」はある。

筆者は、テレビがまだ一般家庭に普及していなかった時代に日本の学校で執拗ないじめを経験したし、インターネットの利用がまだ一般的ではなかった2001年から数年間、アメリカの公立小学校で教師や親と一緒にいじめ対策に関わった。どの国のどの時代でも、教師や親がどんなに努力しても子どもたちの虐めを察知するのは難しい。加害者はもちろん、被害者も報復や孤立を恐れて大人には打ち明けない。だから、被害者は精神的に追いつめられ、自殺という悲劇に発展することもある。

ソーシャルメディアの普及により、いじめの場はネットに移行し、ますます状況は悪化した。「Cyberbullying」 と呼ばれるネットを利用したいじめは、インターネットがなかった時代と本質的には変わらない。ある人物をターゲットにし、悪い噂や陰口を流し、孤立させる、というパターンだ。しかし、ネットいじめでは、写真やビデオというビジュアルな情報がまたたく間に学校中、町中、国中に広がるところが以前とはまったく違う。また、噂を無視するためにネットから離れても、教室に自分が足を踏み入れたとたん、同級生たちが背後でスマートフォンを使って噂をやり取りするのを感じる。思春期で身体が毎日のように変わり、ホルモンバランスが崩れ、精神的に不安定になっている子どもたちに、それを無視できるほどの強い精神力は期待できない。

そのうえ、ネットでの子どもたちの「たまり場」は、ますます大人からは見えにくくなっている。

著者は2009年1月にツイッターを始め、2010年に『ゆるく、自由に、そして有意義に』というツイッターでの付き合い方に関する本を執筆したが、当時と比べると、ソーシャルメディアの雰囲気はずいぶん攻撃的になったと感じている。

また、若者を中心とした「群れ(herd)」を作るアンダーグラウンド的なソーシャルメディアがどんどん生まれ、中高年齢層はもう情報について行けなくなっている。

ツイッターやフェイスブックなら、ある程度ネットの知識を持つ親であれば、子どもの言動や交友関係を察知ことができる。だが、40歳以上でInstagram 、Vine 、Tumblr まで使いこなしている人はあまりいないだろうし、Snapchat やYik Yak にいたっては、存在を知る人のほうが少ないだろう。

2011年にスタンフォード大学に在学中の3人の男子学生が開発したSnapchatは、(多くの人が見られる設定もあるが)特定個人に向けたビデオ、写真、メッセージが閲覧して数秒で消えるところが最大の魅力だ。ツイッターや普通のチャットだと、いったんアップロードしたものを消すのは困難だが、Snapchatなら「ここだけの話」もしやすくなる。

Yik Yakは、サウスカロライナ州フルマン大学の男子学生2人が在学中に考えついたもので、ユーザーが近くにいるユーザーと繋がって「群れ」を作り、写真、ビデオ、メッセージをシェアする。現実に顔見知りの高校生、大学生が「群れ」を作る傾向があり、互いのエントリをup(良い)、down(悪い)で評価する。そこがユーザー同士の競争心を煽り、依存度も高める。

親たちが知らないこうしたソーシャルメディアの場では、何が起こっているのか?

女性ジャーナリスト、ナンシー・ジョー・セールス(Nancy Jo Sales) は、約2年にわたり、13~19歳の少女200人以上を取材して『American Girls: Social Media and the Secret Lives of Teenagers (アメリカの少女たち:ソーシャルメディアとティーンエイジャーの隠れた実態)』という本を執筆した。

この本を読むと、十代の少女にとって、ソーシャルメディアが「見栄の戦い」の戦場になっていることがわかる。彼女たちの「お手本」は、リアリティ番組のスターであるキム・カーダシアンとその姉妹だ。キムは、iPhoneを使った「自分撮り(selfie)」を毎日のようにツイッターしており、ヌードを含む過剰に性的な「自分撮り」をまとめて写真集も出した 。4300万人のツイッターフォロワーと写真集のファンの多くは未成年の少女であり、彼女たちはカーダシアン姉妹を真似した写真をスマートフォンで撮影してフェイスブックやインスタグラムに掲載する。その写真に「いいね」を押してもらうことが人生の最大の目的になり、友だちと会っている間も、お喋りよりスマートフォンのチェックに忙しい。そして、「いいね」を押してくれない友だちに恨みを抱く。

こういう交友関係の歪みやいじめ問題も深刻だが、低年齢のうちにネットで過激な性の情報やポルノに晒されることで、若者たちのジェンダー意識、性行動、人間関係に大きな負の影響が出ている。

セールスは、「ポルノが、少年の少女や女性に対する態度、そして、自分のセクシュアリティに対する少女の見解に与える負の影響を心配する心理学者もいる」と話し、「カナダの平均14歳のティーンエイジャーの調査では、少年が頻繁にポルノを鑑賞するのと、彼らが少女を抑えつけてセックスを強要してもかまわないと考えることの間には相関関係がある。アメリカの調査では、11~16歳の間に成人指定映画を多く鑑賞する少年少女は、セクハラをより受け入れやすい傾向がある」と、オーストラリアの心理学者マイケル・フラッドの意見を紹介する。

セールスが中学生の少女たちから話を聞いている最中、その1人が同じ学校の男子生徒からスマートフォンでメッセージを受け取った。「ヌード写真を送ってくれ」というのだ。仲が良いわけでもなく、好きでもない少年なのに、少女は「どうしよう?」とためらう。取材を続けていくうちに、セールスは、全米のティーンの間ではこういったやり取りが「ふつう」になっていることを知る。

男子生徒は、男同士の間での人気を高めるために、より多くの少女のヌード写真を集めようとする。そして、それをソーシャルメディアでシェアし、評価しあう。リクエストされた少女は、断ると「prude(お高くとまっている)」とけなされ、送ると「slut(あばずれ)」という烙印を押されるパターンを知っているから悩む。また、ボーイフレンド(だと思っていた相手)に説得され、「どうせ数秒で消えるのだから」とSnapchatでヌードを送ったところ、スクリーンショットで画像を保存され、学校中の男子生徒にシェアされてしまうというケースも少なくないようだ。

もっとエスカレートすると、少年たちは酒やドラッグで意識を失った少女をレイプし、そのシーンをビデオに収録して回覧する。そういったビデオや写真が満載されているソーシャルメディアを作り出しているのも、男子大学生たちだ。こういった場では被害にあった少女たちは「Slut(あばずれ)」と嘲笑の的になり、加害者の少年たちは英雄気取りだ。その結果、自殺する少女もいる。

セールスが取材した少女たちは、中学生の頃から、同級生の少年にヌード写真を要求されても怒らず、平気で笑い飛ばすことを学ぶ。そして、「恋」を期待しないことも受け入れる。でないと、男の子たちから物わかりが悪い女だと軽蔑され、仲間外れにされるからだ。ソーシャルメディア時代の少女たちは、「いいね」という承認を沢山獲得しないと、愛されていないと感じる。

何よりショックだったのは、彼らが「ピザを食べて、映画館に行って、手を握る」といったデート体験をする前に、いきなり「ヌード写真を送る」とか「勃起したペニスの写真を送る」といったネットでのやり取りを始め、いきなりポルノ映画のようなセックスをすることだ。もちろん、セールスはセンセーショナルなケースを選んで紹介しているのだろうが、この中には、超有名私立高校に通う優秀な少女たちも含まれており、社会経済的な差はあまりないようだ。

こういった体験や目撃談しか知らない少女たちは、セールスに「男はみんなfuckboy(性差別的な言葉遣いで、女性を性の対象の消費物としか思っていない男性)」と言う。セールスが、「何%の少年がfuckboyだと思うか?」と彼女たちに尋ねたところ、1人は「100%」と即答した。その友人は、「違うわ、90%よ」と反論し、「残りの10%の男の子をどこかで見つけることを祈っている」と言うのだが、「今までに出会ったのは全部fuckboyだったわ」と打ち明けた。彼女たちは、ふつうの恋に憧れているが、それは叶わない夢だとも思っている。

非常に興味深いのは、十代の少女たちが、自分の親より年上かもしれない50歳のセールスに赤裸々なことまで打ち明けていることだ。そして、ふつうの恋やデートの体験があるセールスを羨ましく思っている。

また、少女たちには、自分がソーシャルメディアの依存症だという自覚があり、性の対象として粗末に扱われていることにも薄々気付いている。「ソーシャルメディアに人生を破壊されている」と嘆くのだが、自分一人で離れるほど強くはない。

子どもたちは、意外と客観的に自分たちが置かれている危険な状況を分析している。でも、自分たちが自主的にこの状況を改善するのは無理だということも自覚していて、心の中で助けを求めている。実は、親の世代に立ち入ってもらいたいのだ。

やはり大人たちは、「今時のティーンエイジャーがやっていることだから)と物分りよくならず、悪者になる覚悟で踏み込み、彼らを守ることが必要だ。そう認識させる本だ。

1件のコメント

  1. ソーシャルメディアが少女たちから奪った貴重なものとは。。「本を読む時間」でしょう!と思いながら読み進みましたが、さらに深い焦燥、失望の感を抱きました。3人のティーンエイジャーを持つ母の身として大変に胸がざわつきます。確かに大人がここを素通りしてはならないと改めて思わされています。

    いいね: 1人

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