緻密な人間ドラマとサスペンス Before The Fall

著者:Noah Hawley
ハードカバー: 400ページ
出版社: Grand Central Publishing
ISBN-10: 1455561789
発売日: 2016/5/31
適正年齢:PG15(性的シーンはあるが、特に露骨ではない)
難易度:上級レベル(ストレートなミステリではなく、文芸的な表現あり)
ジャンル:現代小説/サスペンス
キーワード:飛行機事故、人間ドラマ、現代アメリカの風刺

歴代の大統領がバケーションを過ごし、富豪が別荘を持つことで知られるマーサズ・ビンヤード島。霧に包まれた夜、この島から飛び立った乗務員を含む11人が搭乗したプライベートジェット機が16分後に海に墜落した。

2人が奇跡的に生還する。
片方の肩を脱臼しながらも長距離を泳ぎ切り、自分だけでなく夫妻の4歳の息子の命を救った中年アーティストのスコット・バロウズは、マスコミから英雄として扱われるが、人目を避けて姿を隠す。

それは、スコットの人間としての良識なのか? それとも、なにか大きな嘘を隠しているのか……?

霧、遅れてきた乗客、ジェット機をチャーターしたニュースメディアの会長が抱えている問題、夫婦間の緊張……、と最初の章から墜落のセオリーを作る材料がふんだんに盛り込まれている。多くの可能性を匂わせる謎めいたオープニングには、「さすがノア・ハウリーだ」と感心せずにはいられない。ハウリーは、『Bones – 骨は語る』、『My Generation』、『Fargo』などテレビドラマのヒット作を次々と生み出した売れっ子のプロデューサー/脚本家であり、この小説でも読者の心を最初のシーンで掴んだら、最後までいっときも離さない。

そもそも、この飛行機に乗ったすべての人物が「いわくつき」なのだ。

マーサズ・ビンヤード島からニューヨーク市までのプライベートジェット機をチャーターしたディビッド・ベイトマンは、保守派のニュースメディアALCを築き上げて世論を操ってきた。そのため、毎日のように脅しを受け取っている。そして、9歳の娘のレイチェルには誘拐された過去がある。ベイトマンが雇っているボディガードは、極秘の過去と不死身伝説があるイスラエル人。ベイトマンの友人のキプリングは違法のマネーロンダリングで北朝鮮やイランなどの危険な闇の金を扱っており、50歳で独身のパイロットにはカルト宗教組織で育った過去があり、25歳の美人客員乗務員と副操縦士の間には恋愛のもつれがありそうだ。

また、哲学的で純粋そうな生存者のスコットにしても、「信頼出来ない語り手」を疑わせるところがある。無名のアーティストなのに富豪のジェット機に便乗しているところが怪しい。しかも、彼がこれまで描いてきた作品はすべて災害をテーマにしている。ALCの人気ニュースキャスターのビル・カニンガムとFBIの担当者は、スコットが何らかのかたちで墜落に関わっていると信じて、しつこく食い下がる。

だが、著者のノア・ハウリーは、そう簡単に手の内を見せない。
スコットの物語は事故の日から前に進むが、事故で死亡した客と乗務員の物語は過去に戻る。

これらの物語が提供するのは、「何が墜落の原因か?」というミステリだけではない。人生に突然終止符が打たれる可能性を意識せずに生きる、私たち自身への問いかけだ。

(注:ここからはややネタバレなので、白字にしています。ご自分の選択でお読みください。ただし、ミステリの答えに繋がることはまったく書いていません)

たとえば、違法のマネーロンダリングで巨額の富を築き上げたキプリングは、使い切れないほどの金を持っているのもかかわらず、家族より仕事を優先する。それは、彼にとって「金を作る」ことが存在意義であり、それ以外の生き方を知らないからだ。だが、それ自体がキプリングの言い訳であり、積極的な生き方の選択なのだ。金とパワーを持つ男と結婚したことでプライバシーや安全な生活を失ったベイトマンの妻も、この終わりを知っていたら別の選択をしたのかもしれない。

ハウリーは、災害の当事者たちをヒーローとして持ち上げたり、私生活を暴いたりして娯楽化する現代のメディアや大衆心理も巧みに批判している。

扇動的な説で大衆を操るニュース番組司会者のビル・カニンガムは、フォックスニュースのビル・オライリーをモデルにしていることが明らかだ。カニンガムが情報を得るために使った電話盗聴も、フォックスニュースの親会社であるニュース・コープ社のスキャンダルを連想させる。

カニンガムが、ゲストとして招いた生存者のスコットに、ベイトマン会長の妻や芸術家のスポンサーとして有名な女性富豪との性的関係を質問するシーンは特に印象的だ。
「なぜ、それが重要な問題なのか理解できないんですが」
「いいから質問に答えなさい」
「答えません」
中略
「それは、事実を認めたと取っていいのだね?」
「違います。私が言いたいのは、それに、いったいどんな意味があるのかということです。それを知ったら、飛行機が墜落した原因がわかるんですか? 肉親を失った悲しみを癒やす助けになるんですか? それとも、ただあなたが知りたいだけなんですか?」
「私は、君がどれだけの大嘘つきだか知りたいだけだ」
「たぶん平均レベルでしょうね。でも、本当に重要なことについては違います。(アル中だったときから)禁酒を誓ったときに、できるかぎり正直に生きることも誓ったんです」
「なら、質問に答えなさい」
「答えません。あなたの知ったことではないからです。嫌がらせのつもりではありません。あなたの質問に答えることがどんな貢献をするのか、文字通り疑問なのです」

大事件や悲劇が起きたとき、私たちはそこに大きな理由や意味を見出そうとする。その場に居た人でも知り得ない空白の部分を、勝手な空想で埋めて、自分が納得できるストーリーにしようとする。それが人間心理だが、その過程で、加害者だけでなく被害者やその家族の私生活まで暴き、分析し、批判し、ふたたび犠牲者にする権利が私たちにあるのだろうか?

私たちは、次のスコットの言葉を胸に刻みこむべきだ。
「人が死んだんですよ。家族や子どもがいる人たちが。彼らは殺されたんです。それなのに、あなたはここに座って、私の性生活について質問している。恥を知りなさい」

こういった風刺的な部分もあるが、説教臭いフィクションではない。最後の最後まで息をのむ、上質のサスペンスであり、現代アメリカの歪みを描くヒューマンストーリーだ。だからこそ、刊行以来4週間連続でニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーリストに入っているのだろう。

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