ハリー・ポッターの次世代の冒険 Harry Potter and the Cursed Child

著者:J.K. Rowling
ハードカバー: 352ページ
出版社: Little, Brown
ISBN-10: 0751565350
発売日: 2016/7/31
適正年齢:PG(小学生から大人まで。ただし児童書カテゴリではない)
難易度:中級(脚本なので会話がほとんど。とても読みやすい)
ジャンル:舞台の脚本/ファンタジー
キーワード:ハリー・ポッター、ホグワーツ、親子関係、冒険


ハリー・ポッターと一緒に成長した20代前半から30歳くらいまでの若者にとって、ハリーやホグワーツ魔法魔術学校(Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry)は、フィクション以上の存在だ。彼らの間では、「あなたはどの寮(house)?」「あら、私もグリフィンドール(Gryffindor)よ!」「実は僕スリザリン(Slytherin)なんだ」といった自己紹介は当たり前なのだ(ちなみに、私はRavenclaw)。

シリーズの最終巻が発売されたのは9年前だが、この世代にとってハリー・ポッターの世界はいまだにリアルだ。その続編『Harry Potter and the Cursed Child』が7月31日に発売されるというニュースが伝わって以来、みな心待ちにしていた。

だが、今度の新刊はこれまでのシリーズとは根本的に異なる。小説ではなくロンドンで公演される演劇の脚本(リハーサル用で最終版ではない)で、著者はJ・K・ローリングでもない。彼女のストーリーをもとに脚本家Jack Thorneが執筆し、演劇の監督であるJohn Tiffanyが手を加えた。

物語の設定は、最終巻でハリー・ポッターとヴォルデモートがホグワーツで死闘を繰り広げてから19年後。ロンの妹ジニーと結婚したハリーは、3人の子どもを持つ父親となり、30代後半にさしかかった今は、魔法警察部隊の指揮官として典型的なワーカホリックになっている。長男のジェイムズはハリーの父のように社交的で器用だが、次男のアルバスは内向的で父や兄に引け目を感じている。

アルバスは、初めてホグワーツに向かう列車の中で孤独な少年と出会う。かつて少年ハリーの仇敵だったドラコ・マルフォイの息子スコーピウスだ。ヴォルデモートの忠実な戦闘部隊「死喰い人(death eater)」のひとりだったドラコの息子には、誰も近寄ろうとしない。同情したアルバスは、スコーピウスの隣に座り、そこから彼らの長い友情とクエストが始まる。

もちろんハリー・ポッターなので、ヴォルデモート復活のおそれといった暗い冒険の要素が入っている。だが、それと同じくらい重要なのが、ハリーとアルバス、ドラコとスコーピウスという2組の父子関係、そして友情だ。

脚本なので、会話だけで物語が進行する。英語ネイティブではない読者には読みやすい形式だが、シリーズの続編として読むと物足りなさが際立つ。脚本というスタイルの限界のせいか、扱うテーマの掘り下げ方が中途半端で、プロットにも驚きはなかった。

私にはそういう不満が残ったのだが、20代のファンはまったく違った感想を抱いたようだ。

Harry Potter 1

SlytherinのアリソンとHufflepuffのハナ

私の娘アリソンとその親友ハナは、5歳のときにハリー・ポッターの初刊と出会い、それからは新刊の発売当日に本を読み、映画は映画館で見たうえでDVDも購入し、ロンドンでハリー・ポッターのツアーに参加し、ユニバーサル・スタジオのアトラクションに行き、ハリー・ポッターのファンフィクションをオンラインコミュニティで書いてきた(そのファンフィクションにもファンがついている)という、筋金入りのファンだ。

ハナは、『Harry Potter and the Cursed Child』のロンドン公演開始に先立つ「プレビュー」をすでに見に行っていた。前編と後編を2晩連続で見る珍しい舞台で、脚本発売までは内容を絶対に明かさないと約束させられたという。「これでようやく内容について人と語り合える!」と喜ぶハナによると、舞台のほうは俳優の演技、舞台デザイン、特殊効果、とすべてが素晴らしかったという。その体験を思い出させてくれる脚本に不満はないようだ。

舞台を見ていないアリソンも、好意的に評価している。彼女は以前から、「Draco Malfoyは加害者として描かれているが、環境の犠牲者でもある。彼に贖罪の機会を与えたら、ハリーよりも深いキャラクターになる可能性がある」「不穏な時代のヒーローは、安定した時代の良いリーダーとは限らない」などと言っていた。シリーズのファンの間ではマルフォイの人気は意外と高く、彼らにとっては納得できる内容だったようだ。

ハナとアリソンの2人は、この新刊を真っ先に入手するためにボストンの書店「ハーバードブックストア」の刊行パーティーに参加した。販売開始は31日の午前0時だが、整理券をもらうために午後8時前からファンが並び始め、パーティーが始まったのは午後10時だ。飲み物はもちろんシリーズに登場する「butterbeer」で、あとはハリー・ポッターにちなんだゲームなども行われた。
31日の深夜発売に備えてこの書店で約1300人も本を予約したという。その近くにあるハーバード大学の生協書店など、全米で5000以上の書店が同じような深夜パーティーを開催している。

Harry Potter 2

ハーバードブックストアでのミッドナイトパーティ

アメリカでは新刊のハードカバーは、アマゾンで購入したほうがずっと安い。だから書店で購入する顧客は少なくなっているのだが、ハリー・ポッターに関しては、他人から内容を聞きたくないから発売と同時に読み始めたいという読者が多い。そんな動機もあって、シリーズの新刊が出るたびに書店は深夜発売パーティーを催し、多くのハードカバーを売ってきた。ファンが待ちに待った9年ぶりの新刊は、アメリカでは2日間でハードカバーが200万冊以上も売れ、イギリスでは3日間で68万冊が売れた。

これは、シリーズ最終巻が発売された時以来の久々の販売記録で、脚本としては前代未聞だという。

しかし著者ローリングは、もうこれ以上ハリー・ポッターの世界を舞台にした本は書かないと話している。ということは、このシリーズの魔法のような販売記録もこれが最後になりそうだ。

これまでハリー・ポッターで大いに稼がせてもらった書店としては、現在の小学生と一緒に成長するハリーのようなヒーロー(あるいはヒロイン)の誕生を、さぞ心待ちにしていることだろう。

P.S.
続編ではないが、ハリポタの世界の魔法の生物をテーマにした舞台の脚本が11月に発売される。

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