「マンソン事件」で冷酷な殺人を犯した少女らの脆弱な心理を想像させる2016年の注目作品 The Girls

著者:Emma Cline
ハードカバー: 368ページ
出版社: Random House
ISBN-10: 081299860X
発売日: 2016/6/14
適正年齢:PG15+(性描写、暴力シーンあり)
難易度:上級(英語ネイティブの通常レベル)
ジャンル:文芸小説
キーワード:チャールズ・マンソン、シャロン・テート殺人事件、カルト、LSD、Summer of Love、1967年、ヒッピー

知人の家で仮住まいをしていた中年女性のEvie Boydは、突然やってきた若者らによって静かな日常を乱される。ドラッグ取引に関わっているらしき知人の息子と、彼に洗脳され翻弄されているような年若い少女を見ているうちに、Evieは、自分が14歳だったときのことを思い出す。

裕福な家庭の一人娘だったEvieは、離婚した両親から無視され続け、親友の兄の気をひこうとするが、その結果、彼だけでなく親友すら失う。孤独な14歳の少女は、公園で、誰の目も気にせず、自由奔放にふるまう少女たちを目にする。Evieが特に心惹かれたのは、リーダー格で19歳のSuzanneだった。

Evieは、自分をのけ者にする学校の同級生よりずっとクールな年上の少女に自分のことを覚えてもらい、特別扱いされることに誇りや喜びを感じる。そして、Suzanneに誘われるまま、少女たちが属するコミューンに行く。自由と愛をモットーにする集団のリーダーであるRussellが、メンバーの少女たち全員と性的な関係を持っていることに違和感は覚えるが、Russellを崇拝するSuzanneに認められたい気持ちから数々の要求に従うようになる。

ある程度の年齢の読者なら、このあらすじを読んだだけでチャールズ・マンソンとシャロン・テート殺人事件を思い出すはずだ。この小説の内容も、あの事件と酷似している。

1967年の夏、サンフランシスコのヘイトアシュベリー地区にヒッピーファッションに身を包んだ10万人の若者が集まった。ベトナム運動反対運動や反政府活動と結びついたこのムーブメントは、自由と愛をモットーにしたもので、有名なミュージシャンや詩人も参加し、「Summer of Love」と呼ばれた。

だが、このヒッピーカルチャーは、ポジティブなことばかりではなかった。LSDなどの幻覚剤が乱用され、女性が見ず知らずの男性にタダで性交渉を提供することが、あたかも高尚な「愛の自由」の表現のように扱われた。

チャールズ・マンソンのカルト集団も、Summer of Loveの熱気の中で生まれた。獄中でデール・カーネギーの『人を動かす』やサイエントロジーの洗脳方法を学んだマンソンは、出獄すると、そのテクニックを使って心理的に脆弱な少女らを狙ってリクルートした。マンソンをビーチボーイズのデニス・ウィルソンと繋げたのも、これら信者の少女たちだった。ヒッチハイクをしていた少女2人をひろったところ、彼女らに加えて17人の少女らがウィルソンの家に住む込んでしまい、彼女らが「私たちのグル」としてマンソンを紹介したのだった。

インドを訪問した体験から、ウィルソンはマンソンの提案するライフスタイルに興味を持ち、ミュージシャンとしてデビューしたいマンソンを音楽プロデューサーに紹介するなどした。それが決裂したのをマンソンが逆恨みしたのが「シャロン・テート殺人事件」のきっかけだと言われている。映画監督ロマン・ポランスキーの妻シャロン・テートを含む5人が殺されたのだが、元々のターゲットは、彼らではなく、この家に以前住んでいた音楽プロデューサーだったという。

妊娠しているテートが命乞いをしたとき、「ビッチ、お前に同情なんかはしないんだよ」と言って、何度もナイフで刺したのが、見た目が普通の少女だったということも、ショッキングな事件だった。

だが、The Girlsは、チャールズ・マンソンの事件を再現するための小説ではない。十代の少女の脆弱な心理を語るものだ。

マンソンの信者の少女らは「自由意志」で残酷な殺人を犯した。Summer of Loveで、若い女性が見知らぬ男性たちに身体を提供したのも「自由意志」だ。だが、この「自由意志」は本当に「自由意志」だったのだろうか?

殺人にしても、無料売春にしても、行動した少女らが自分で考えついたものではない。元々は(利用者である)年上の男性が作りあげたものだ。
それを「自由意志」と彼女たちが思い込んだ背景には、「誰かに認められたい」「愛されたい」という十代の少女の脆弱な心理がある。そして、誰かに認められ、褒められたことによってようやく獲得できたプライドを守る代償として、彼女らは「自由意志」を受け入れたのだ。そこには、巧妙な洗脳がある。

この小説『The Girls』の主人公のように、何年もたってから振り返って、ようやくそれに気づくのだ。

著者のEmma Cline自身が、興味深い人物だ。

ジャグジー風呂の創業者の子孫で、父は「クライン・ワイン」の創業者という裕福な家庭で育ち、映画で子役をし、16歳で大学に合格し、ミドルベリー大学で文芸賞を獲得し、21歳のときに子持ちの34歳の男性と付き合ったという、早熟さだった。才能も早期から認められ、コロンビア大学のMFAプログラムで書いた短編はthe Paris Reviewに掲載され、MFA修了後すぐにThe New Yorkerで働き始め、同時に文芸エージェントも得て、この小説を書き終えた。処女作でありながら、出版社12社がオークションで競い合ったという。

時代考証でのミスや気になる部分もあったが、少女の心理の脆弱さを文芸の領域で描いているという点で、本書は女性だけでなく、男性読者にも薦めたい。

3 Comments

  1. 最近地元の書店で平積みにされていてよく売れている様子の本書を図書館で見つけたので、借りてきて読みました。Evie をはじめとする登場人物の少女たちについては、「心理的に脆弱」という渡辺さんの表現がぴったりだと思いました。はるか昔に少女だった私も、未熟で幼稚だった自分自身を思い出しながら、甘酸っぱいようなほろ苦いような胸が痛むような気持ちを、この小説を読んでいる間中感じていました。そして、現実世界にもはびこる、多感で脆い少女たちを洗脳して利用する大人たちに怒りを覚えました。英語が詩的(?)で、私の英語力ではすっと読み流せず、かなり咀嚼が必要でした。

  2. Sparkyさん、こんにちは。
    そうなんですよね。女性読者は、自分の若かった頃を思い出して、つい救ってあげたくなるのではないかと思いました。
    その脆弱さを狙う大人に対する怒りは、ずっと続いています。
    公然とそれを許している日本と日本人男性には、さらに強い怒りを覚えます。

  3. 先日、Kate MortonのThe Lakehouseについてコメントを書かせていただきました。実は、かなり前に、The Luminariesの感想も投稿させていただいたことがあります。

    この作品を読み終わり、なんとも重い気持ちになっています。
    今も昔も壊れやすい少年少女の心は変わらないと思いますが、現代では、こういう方向には行かない、少し違った形なのではないかと思います。

    しかし、オウム真理教の事件を思い出すと、なんかわからなくなってしまいました。当事、私は都内のアジトの傍に住んでいて、彼ら一味の宣伝に毎日さらされていました。はっとするような美男美女も居て、悪臭漂う汚い着ぐるみを着て踊り狂いながら宣伝していたりしました。悪事が暴かれる少し前でした。彼ら、目を覚ますことがあったのか、今どうしているか、と思います。

    私の足りない英語力でも流れるような英文と感じましたが、語彙のレベルが高く、渡しも若干苦労しました。しかし、読んで良かったです。

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