ベストセラーに躍り出た20年前の本は、トランプが新たに指名した国家安全保障問題担当大統領補佐官が書いたベトナム戦争の分析 『Dereliction of Duty』

著者:H.R. McMaster
ペーパーバック: 480ページ
出版社: Harper
ISBN-10: 0060929081
発売日: 1997/5
難易度:中級+(ストレートで非常にわかりやすい文章。日本で大学入試用の英語を勉強した人なら、努力すれば読めるはず)
適正年齢:PG15(特に問題になる内容はないが、理解力を要する)
ジャンル:歴史ノンフィクション(軍事史)
キーワード:ベトナム戦争、リンドン・ジョンソン大統領、ロバート・マクナマラ国防長官、統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff, JCS)、ジョン・F・ケネディ大統領

 

独裁的な行動を繰り返すトランプ大統領への不安が高まるなか、2月23日にアマゾンのベストセラーのトップに現れた20年前の本がある。

『Dereliction of Duty(職務怠慢)』というタイトルのノンフィクションの著者は、H・R・マクマスター。ロシア高官との接触疑惑で辞任したマイケル・フリン国家安全保障補佐官の後任として、トランプ大統領が新たに指名した陸軍中将だ。湾岸戦争やイラク戦争で目覚ましい功績を挙げた軍人だが、知識人としても知られている。

『Dereliction of Duty』は、1997年、当時陸軍少尉だったマクマスターがノースカロライナ大学チャペルヒル校で軍事史の博士号を取得したときに書いたベトナム戦争に関する論文の一部だという。ベトナム戦争については書きつくされている感があるが、本書が特に評価されているのは、統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff, JCS)の役割についてのバランスが取れた分析と見解だ。

JCSはアメリカ軍の最高機関で、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍と州兵総局のトップで構成されている。アメリカ国防総省の下にあり、軍事戦略を立案して、大統領や国防長官に軍事的な助言を行う。実際に使令を与えるのは「最高司令官(Commander-in-chief)」である大統領だが、大統領の決断に影響を与える重要な役割を担っている。ところが、ジョン・F・ケネディ政権からリンドン・ジョンソン政権にかけて、大統領の決定に関するJCSの影響力は激減した。本書には、その内情が詳しく説明されている。

本書の副題「Johnson, McNamara, the Joint Chiefs of Staff, and the Lies That Led to Vietnam(ベトナム戦争に導いたジョンソンとマクナマラ、統合参謀本部、そして嘘)」から推測できるように、ロバート・マクナマラ国防長官やリンドン・ジョンソン大統領の失策を説明している。

それらはすでに多くの書物が明らかにしていることだが、軍人であるマクマスターがJCSを率直に批判しているところが新鮮だ。マクマスターは、国防長官への忠誠心を優先して強く反論しなかったことや、JCS内で互いへの疑心暗鬼から一致した意見を大統領に提示しなかったこともベトナム戦争を泥沼化させたと信じている。15章の「Five Silent Men(沈黙した5人の男)」では、統合参謀本部のメンバーらが、「憲法と国民に対する自分たちの責任」「最高司令官である大統領への忠誠心」の間で葛藤したことが読み取れる。しかし、結局は軍人としての忠誠心が勝ち、「ベトナムの状況について誤解を招く証言することで、司令官たちは最高司令官を支持した」とマクマスターは書いている。

もともとは軍事史の論文だとしても、一般人にも読みやすい歴史ノンフィクションだ。これを読むと、アメリカ大統領と側近が憲法や国民を無視した政治的決断をすることの壊滅的な影響を再認識できる。

憲法と国民への責任よりも大統領への忠誠心を優先したJCSに対して批判的な意見を持つマクマスターには、民主党員だけでなく、心ある共和党員も期待をかけている。自分に批判的なメディア(CNN, New York Times, Washington Post, BBC, BuzzFeedなど)をすべて「偽ニュース(fake news)」と決めつけてホワイトハウスの記者会見から締め出す独裁的なトランプ大統領に対して、「国民への責任」つまり「職務」を優先する勇敢な補佐官の出現を願っているのだ。

期待に応えるかのように、マクマスターは、就任後初めてのスタッフミーティングで「テロ行為を行うイスラム教徒に対して『イスラム過激派によるテロリズム(radical Islamic terrorism)』というレッテルを貼るのは役に立たない。なぜなら、彼らはイスラム教徒らしくない行為をしているからだ」といった内容を語り、オバマ大統領がISISなどのテロリストを「イスラム過激派」と呼ばないことを非難してきたトランプ大統領とは異なる見解を公にした

問題は、トランプ大統領がスティーブ・バノン主席戦略官など側近の意見を退けて、マクマスターの意見に耳を傾けるかどうかだ。

トランプは、全米2004年に始まった『アプレンティス』というテレビ番組で全米のスターになった。参加者が「見習い(アプレンティス)」としてトランプの会社での採用を競うもので、課題に取り組んだ参加者が番組の最後に重役室に呼び出される。そのうちの一人にトランプが「You are fired(お前はクビだ)」と言い渡すのが印象的で、流行り言葉にもなった。

マクマスターが自分の本に書いた信念を貫くことだけでなく、トランプ大統領が自分への忠誠心を優先しない補佐官に対して「お前はクビだ」と言わないことを願っている。

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