ミレニアル世代の心暖まるスペースオペラ 『The Long Way to a Small Angry Planet』

作者:Becky Chambers
ペーパーバック: 464ページ
出版社: Harper Voyager
ISBN-10: 0062444131
発売日: 2016/7/5
シリーズ:Wayfarers #1
適正年齢:PG15(性的な話題は多いが、描写はほとんどない)
難易度:上級(SFを読み慣れていない人には理解しにくいだろう)
ジャンル:SF(スペースもの)
キーワード:wayfarers, スペースオペラ、宇宙船、異星人、異種生物、ラブロマンス、家族、友情
賞:Kitchie for Best Debut Novel 候補

過去に地球から火星に移住した人類の裕福な家庭で育ったRosemarieは、ある事情から故郷とアイデンティティを捨てて宇宙船の事務員の職を得た。

到着した宇宙船Wayfarerは、これまで火星を離れたことがなかったRosemarieにとって、何もかも目新しいことばかりだ。ワームホールを開けるのを専門にしているWayfarerはツギハギで、船長のAshbyと技術者のJenksとKizzy、そして藻類バイオ燃料専門家のCorbinは人間だが、操縦士のSissix、調理人兼医師のDr. Chef、航法士のOhanは、それぞれ異なる異星人だ。
そして、宇宙船を管理するAIのLoveyにも独自の人格があり、乗務員のひとりとして扱われている。

Wayfarerは、遠方にある惑星との間にワームホールを作る政府機関からの仕事を引き受けることになる。1年もかかる長い旅だし、政府機関が新たに外交関係を結ぼうとしている惑星は戦闘的であることで知られている。だが、成功すれば報酬は大きい。

長い旅の間に、Rosemarieは、異なる生物が集まったWayfarerの乗務員たちを深く知ることになり、血が繋がった家族よりも強い家族を築く。

キックスターター(Kickstarter)で資金を集めて出版した小説が、Kitchieの処女小説部門の候補になり、Harper Voyagerが出版権を購入して刊行にこぎつけたという非常にユニークなデビュー作だ。
続編の『A Closed and Common Orbit』は、2107年ヒューゴー賞最終候補になっている。

小学生の頃からアシモフの『銀河帝国の興亡』を読んで育った私は、読み始めてすぐ「これこそミレニアル世代のスペースオペラだ!」と強く感じた。

かつてのSFでは、銀河宇宙が舞台で、異星人が出てきても、主導権を握っているのは、地球出身の人類だった。また、女性は脇役か、あるいはヒーローが救う立場でしかない。子どもの頃にワクワクして読んだことを覚えていた私は、ミレニアル世代の娘に『銀河帝国の興亡(Foundation)』を薦めたことがある。ところが、「男ばっかり! なんてつまらない小説なの」と大不評だった。

Chambersの宇宙では、人間は文明の発達が遅れていたやや下層レベルの種族とみなされている。また、登場人物たちの多様な恋や愛が描かれているが、「人間の男女」という通常のカップルはいない。異種間の禁じられた恋であったり、AIと技術者の間の真摯な愛であったりする。

こういう部分に、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、それらに含まれないジェンダー)を支持し、人種差別を否定するミレニアル世代らしさが現れている。

細菌を身体に飼うことで、ナビゲーションの能力を得る種族は、自分を単体とはみなさず、「われわれ」と語る。そして、たとえその細菌が自分を殺そうとしていても、(宗教と慣習から)治療を拒む。既成の宗教観や倫理観を考え直す点でも面白い。

作者は、宇宙生物学、航空宇宙エンジニア、アポロ計画時代のロケットエンジニア、という家庭で育ったということで、世界観もしっかりしていて、読みごたえがある。

このSFが読者から愛され、続編が2017年ヒューゴー賞の最終候補になったのは、以前ニューズウィークで書いた「米SF界のカルチャー戦争」に対する、ミレニアル世代読者の断固とした返答なのかもしれない。

切ない部分もあるが、全体的に楽観的で、読後感がいい。登場人物が「良い人(人と呼んではいけないかもしれないが)」ばかりなのに、ちゃんと小説として成り立っていることを祝福したい。

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