「コーチによる選手の性虐待」というスポーツ界の闇を描くミステリ Under Water

著者:Casey Barrett
ハードカバー: 336ページ
出版社: Kensington
ISBN-10: 1496709683
発売日: 2017/11/28
適正年齢:R(性的虐待、ドラッグ、飲酒のテーマ)
難易度:中級+〜上級
ジャンル:ミステリ(私立探偵もの)
キーワード:水泳、オリンピック、コーチ、性スキャンダル、性虐待、殺人

今年のBookExpoAmerica(BEA)で、偶然著者のCasey Barrett(ケーシー・バレット)に会って話を聞いていたら、かつて水泳のオリンピック選手だったという。1996年のカナダ代表で、バタフライが専門だった。
1993年生まれの私の娘も、かつては競泳選手であり、のちにオリンピック銀メダリストになったエリザベス・バイセル(ビーゼルという表記もあるが、正しい発音はバイセル)と同じチームでトレーニングをしていた。

そんな話をしたら、「エリザベスと僕はコーチが同じなんだよ。先週も彼女に会った」という答えが戻ってきて、水泳のことで話が盛り上がってしまった。彼は、現役をやめてからは水泳プログラムIMAGINE SWIMMINGを共同創業し、子どもに水泳を教えるプログラムとしてニューヨーク市で最大規模に成長させた。

NBCというテレビ局でオリンピック放映の台本を書く仕事もしていたケーシーが初めて書いたミステリが本書Under Waterだ。

本人は健康的な明るいタイプだったが、ミステリの内容は暗い。

主人公は、かつて競泳でオリンピック選手を目指していたDuck Darley。著者のバレットと異なるのは、将来有望とみなされていたDuckが家庭の問題で脱落したことだ。その後、軽犯罪をおかして刑務所に入ったこともあるDuckは、ドラッグと酒に溺れながら私立探偵のような仕事をするようになっていた。

Duckに仕事を依頼してきたのは、金メダリストになったかつてのライバルの母親だった。行方不明になっている娘を探してほしいという。
金の魅力でしぶしぶ引き受けたDuckは、忘れたかった過去に無理やり引き戻されることになる……。

バレットのミステリを読み始めてすぐ、私は娘の競泳時代のことを思い出した。

娘は6歳のときから競泳を始め、そのときから8年すごした水泳チームが最も重要な世界になっていた。
だが、ある事件でチームがガタガタになり、エリザベス・バイセルが属しているチームに移籍した。
移籍は簡単なことではなく、誰にも内緒で進めるしかなかった。
私は後で移籍を知ったチームメイトの親たちから「友だちだと思っていたのに……」と恨み言を言われたし、娘は長年の友人から「あなたなんて死んでしまえ」といったメールまで受け取った。

移籍する原因になったのは、コーチによる先輩女性スイマーの性虐待だった。
コーチはそれを知るスイマーや親たちに他言しないように脅した。彼らは大学受験をひかえた高校生で、ハーバードやプリンストン大学などに水泳の経歴を活かして入学しようとしていたところだった。
それを知っているコーチが、「もし噂を流したら、どの大学でも泳げないようにしてやる」と脅したのだ。

そこで、私の娘が属するチームから、エリート競泳選手集団が内密のうちにエリザベスの属するライバルチームに移籍した。

私の娘はまだ中学生で、彼らがごっそり移籍した理由を知らなかった。
チームに残された人は、私たちのようにほとんど何も知らなかったのだが、移籍したエリート選手の母親のひとりが私に連絡をくれた。選手の弟が私の娘と中学の同級生で、以前から交流があったのだ。
喫茶店で会った彼女は、「お嬢さんのために事情を話しておきたい。でも、誰にも言わないで」と頼んだ。
そこで知ったのが、コーチとコーチの息子によるセクハラ、性虐待の事実だった。

バレットのミステリは、そういった私自身の体験を思い出させるものだった。
スポーツ界では、水泳だけでなく、コーチによるアスリートの虐待がよくある。
それがなかなか外に出てこないのは、コーチにカリスマ性があり、アスリートだけでなく、親を心理的にコントロールするからだ。その感覚は、中にどっぷり浸かった人でないとわからないだろう。

そういった意味で、バレットのミステリはとてもリアルだった。

Leave a Reply