トランプ大統領と偽ニュースに翻弄される現在のアメリカは、コロンブスが大陸を発見した500年前からすでに基盤が出来ていた。それを解説するユニークな歴史書  Fantasyland

作者:Kurt Andersen
ハードカバー: 480ページ
出版社: Random House
ISBN-10: 1400067219
発売日: 2017/9/5
適正年齢:PG12
難易度:上級
ジャンル:ノンフィクション(歴史)
キーワード:ドナルド・トランプ、偽ニュース、ピルグリム、プロテスタント、清教徒、セーレムの魔女裁判、ゴールドラッシュ、ハリウッド、ディズニーランド、ヒッピー、キリスト教原理主義者、キリスト教右派、銃文化

東洋経済さんから邦訳版が出ました!

2016年のアメリカ大統領選挙では、信じられないことが次々と起こった。

アメリカ国民は、主流の新聞やテレビニュースよりもネットでの「偽ニュース」を信じるようになり、明らかに真実より偽りの発言のほうが多い候補を大統領に選んだ。

トランプは、大統領に就任してからも、堂々と偽りの発言を続けている。

ニューヨーク・タイムズ紙は上記のように、就任後の嘘の記録をリストアップしている。これだけでなく、トランプの嘘を証明する映像やツイートを数え切れないほど目にしているというのに、いまだに30%以上のアメリカ国民がトランプ大統領のことを「正直だ」と思っているのだ。

「いったいアメリカはどうなってしまったのか?」

そう首を傾げているのは、他国の人だけではない。アメリカ国民もそうだ。

獲得票数ではヒラリー・クリントンのほうがトランプより130万票も多かったのだから、少なくともアメリカ国民の半数にとっては受け入れがたい現実だ。大統領選の開票のときから、「いったい何が起こったのか?」といまだに呆然としている。

リベラルだけではない。ワシントン・ポスト紙のジョージ・ウィルやニューヨーク・タイムズ紙のディヴィッド・ブルックスなど、著名な保守のコラムニストたちも憮然としている。当初トランプが当選する可能性を否定していた彼らは、可能性が高まったときから反対意見を述べてきた。それにもかかわらず、トランプは大統領になったのだ。

2016年の大統領選挙で起こったことを理解するための本は多く出版されている。

私が本ブログやニューズウィーク日本語版の連載でご紹介した『ヒルビリー・エレジー』は、トランプの最も強い支持層を理解するための本として有名になった。また、かつてアメリカの保守運動の中心的存在であり、保守ラジオ番組の人気司会者でもあったチャールズ・J・サイクスは、現在のアメリカの保守に失望して、『How the Right Lost Its Mind(右派はいかにして正気を失ったのか)』という本を今年刊行した。

それぞれに興味深く、貴重な本だが、「群盲象を評す」のように、一部に光を当てているだけで全体像に欠けるところがある。

その全体像に挑戦したのが、Kurt Andersen(カート・アンダーセン)の『Fantasyland(ファンタジーランド)』だ。なんと、コロンブスがアメリカ大陸に上陸した500年前まで遡ってアメリカの根本的な問題を浮き彫りにしている。

日本ではあまり知られていないが、アンダーセンは辛辣な風刺小説とノンフィクションのどちらでも有名なベストセラー作家だ。賞を受賞した人気ラジオ番組Studio 360の創始者でもあり、ニューヨーク・タイムズやニューヨーカーなどにもコラムニストとして寄稿している。また、Spyという雑誌の共同創始者、ニューヨーク誌の編集長として、1980年代から実業家としてのトランプを批判してきた人物でもある。

アンダーセンによると、アメリカは、ヨーロッパの白人が移住し始めたときから一貫して、空想的(fantastical)でマジカルな考え方をしてきた国であり、現在起こっていることは、500年の歴史で繰り返し強化されてきた国民性のせいなのだ。

アメリカのユニークな点は「何もないところから、計画され、創られた初めての国」であることだとアンダーセンは指摘する。

むろん、アメリカ大陸にはすでに先住民がいたわけだが、ヨーロッパの白人にとっては、当初この「新世界」は「想像上の場所」でしかなかく、「熱に浮かされた夢」であり、「伝説」であり、「夢見心地の妄想」だった。1600年前後にアメリカに渡ってきたイギリス人は、まったく根拠がない夢のために、家族、友人、祖国、そして分別を捨てた。

そういう人たちは、平均的なイギリス人とは異なり、空想力と冒険心が強かった。

「新世界に最初にやってきたイギリス人は、自分のことを、エキサイティングな冒険でのなせばなる精神の英雄的なキャラクターだと想像した。燃え上がる信念と、望み薄い希望、叶う可能性が低い夢、『頼むから実現してくれ』というファンタジーのために、馴染みあるもの全てを放棄し、自己をフィクション化した過激主義者だったのだ」とアンダーセンは言う。

南米のアステカやインカから金と金鉱を盗んだスペインを羨んだイギリスは、それより北にある新世界で同じように金や宝石を見つけようとした。しかし、彼らが選んだ現在のアメリカ南部のバージニアに金や宝石があるという証拠はどこにもなかった。計画は、ただのフィクションでしかなかったのだが、そのフィクションに魅了されたイギリス人は勇んで故郷を捨てた。そして、「ゴールドなしのゴールドラッシュ」という現象が起こった。

1500年代後半にバージニアに移り住んだイギリス人コロニーは、金を見つけられないままほぼ全員が死亡した。それでもイギリス人は40年以上夢を捨てずに移住し続けた。(金は実際にあったのだが、見つかったのは200年後だった)。ようやく金の夢を諦めたバージニアのアメリカ人は、タバコ栽培を始めた。

金を求めた初期の新世界移住者はファンタジーを信じる「過激主義者」だったが、その後マサチューセッツにどんどんやってきた清教徒たちは、アンダーセンによるともっと過激だった。日本では清教徒は「故郷で迫害を受けてきた可哀想な人」というイメージがあるが、アンダーセンによると「クエイカー教徒を絞首刑にし、カトリックの司教が足を踏み入れたら絞首刑にするという法を可決した」宗教過激派だったのだ。彼らは、すでに腐敗したヨーロッパではなく、「新しいイギリス」であるニューイングランド(マサチューセッツを含む、アメリカ北東部の地域)に「新しいエルサレム(聖地)」を作ろうとした。

清教徒は、聖書を文字通りに信じる。カトリックは「終末予言」をさほど深刻に扱わないが、清教徒はそれを文字通りの真実だと捉えている。初期のニューイングランド地方の神権政治家であり、ハーバード大学の学長代理になったインクリーズ・マザーは、ボストンの空に彗星が現れているのは、神の不満を表している証拠であり「キリストが再臨し、死者を蘇らせ、裁きを行う」世界の終わりは、「今すぐにでも起こる」と説いた。

マザーは、悪名高いセーレムの魔女狩り裁判に関わったことでも知られる。「被害者」が証言する「呪いをかけられた夢」が証拠として使われ、多くの者が処刑されたセーレムの魔女狩りがいかに非論理なものであったのかは、ここで説明する必要もないだろう。

アンダーセンは、「言い換えると、アメリカは、いかれた宗教カルトによって創造されたのだ」と書いているが、現在のアメリカ人を見ると、セーレムの魔女狩りをした先祖の影響は無視できない。

たとえば、神が7日で天地を創造し、アダムとイブが楽園から追放される逸話が出てくる旧約聖書(Genesis)を信じる日本人はほとんどいないだろう。だが、旧約聖書が実話ではないと確信しているアメリカ人は、3分の1でしかない。なんと、信じているほうが圧倒的に多いのだ。

それだけでなく、テレパシーや幽霊がいないと思っているアメリカ国民は3分の1しかいない。3分の2は、本気で天使と悪魔が現実の世界にいると信じ、半数以上は、天国が実際にあると「確信」している。その天国を支配しているのは、コンセプトとしての神ではなく、人(しかも男性)の形をした「神」なのだ。3分の1のアメリカ人は、人類が進化して現在の姿になったのではなく、最初から現在の姿で誕生した(神が創造した)と信じている。

「自分には何でも信じる権利がある」と主張し、「自分が信じることこそが真実」と開き直り、何世紀にもわたって「虚偽への見境ない情熱(promiscuous devotion to the untrue)」を抱いてきたのがアメリカ人なのである。

このマジカルな発想があるからこそ、アメリカではハリウッドの映画産業やディズニーが誕生し、栄えた。だが、その一方で、インチキ医療、サイケデリックなドラッグ、ニューエイジ・ムーブメント、UFOに関する政府の陰謀説も生まれた。

現実(リアリティ)よりフィクションが多い「リアリティ番組」が近年大人気になったのも、アメリカ人に派手でマジカルな考え方を好む素地があるからだ。

大統領選の間のとんでもない偽ニュースも、現実と乖離したリアリティ番組の「リアリティ」とそっくりだ。情報を受取る者が、「主要メディアが『証拠』をあげても、私の感覚では、こちらのほうが真実に感じる。私には、自分が信じたいものを信じる権利がある」と決めたら、それが「真実」なのだ。これが現代アメリカ人の特徴だ。

ニューヨーク・タイムズ紙のニュースよりも、「ローマ教皇フランシスコがドナルド・トランプを支持」とか「ヒラリーがISISに武器を販売したことをウィキリークスが確認」といった偽ニュースを信じる人のほうが増え、「最近では、主流(メインストリーム)という単語は軽蔑語になり、エリートによる偏見、嘘、抑圧の省略表現として使われるようになった」とアンダーセンは説明する。

それは、特に共和党の努力の結果でもある。ジョージ・W・ブッシュ大統領のブレインで「影の大統領」と呼ばれたカール・ローヴは、高等教育を受けていないキリスト教右派の人々を取り込む努力をした。それが功を奏して、ブッシュは大統領を二期務めることができたのだが、影響はそこでとどまらなかった。共和党は、事実を無視して票集めに都合が良い創作を伝える「ファンタジー党」になり、ファンタジー重視のキリスト教右派が共和党の中で権力を広めていったのだ。

その結果、経済的保守で社会的リベラルな共和党員やエリートの幹部は力を失っていった。そして迎えたのが2016年の大統領選だった。アンダーセンはその状況をこう説明する。

「ファンタジー基盤のコミュニティを、便利な阿呆たち(useful idiots)として飼ってきたリアリティ基盤の共和党エリートは、火遊びをしてきたのだ。阿呆たちは、上の者が自分たちを阿呆だとみなしてきたことについに気付き、マッチを手から奪って火をつけた」

エスタブリッシュメントに火をつけた支持者たちが選んだ「ファンタジー候補」がトランプだった。

トランプは、「ファンタジーランド」に住む多くのアメリカ人と同様に、エスタブリッシュメントを憎み、陰謀説を信じ、「自分が感じれば、それが真実だ」と堂々としている。主流メディアが提供する「真実」や「証拠」にもう興味を抱かなくなったアメリカ国民は、嘘であっても自分の信念や感情にピッタリ合致することを言ってくれる人のほうを信じる。それがトランプだったのだ。

とはいえ、「人々に不幸な影響力を持つ虚偽を情熱的に信じるのは、共和党やキリスト教福音主義者(プロテスタント、キリスト教原理主義)だけではない」とアンダーセンは言う。

アメリカでは、1990年代から「遺伝子組み換え食品(GMO)」が流通しているが、これまでの研究では圧倒的に「安全」であり、環境上も問題がないという結果が出ている。それなのに、アメリカ人の57%が「遺伝子組み換え食品は安全ではない」と信じている。また、ワクチンが自閉症やその他の恐ろしい病気を引き起こすと信じている人が危険なレベルまで増加している。

「ワクチンが自閉症を起こす」という恐怖が広まったきっかけは、自閉症の息子を持つ女優のジェニー・マッカーシーだった。彼女は「オプラ・ウィンフリー・ショー」などの人気番組に出演し、反ワクチン運動を行った。科学的な信念を語る資格について尋ねられたマッカーシーは、「私は『グーグル大学』で学位を取った」と、グーグルの検索で得た情報を「真実」として捉えていた。

反ワクチン運動を広めるのに尽力したのは、故ケネディ大統領の甥であるロバート・F・ケネディ・Jrだった。ケネディ家は、リベラルの政治の世界では貴族に等しいセレブだ。そのセレブの政治家が、「政府は、ワクチンの危険さを隠蔽している」という論調の本を書き、テレビや講演で広めていったのだ。

「ワクチンが自閉症を起こす」という研究結果は否定され、その後、引き続き何度も否定されているにもかかわらず、「噂」は山火事のように広まってしまった。

ワクチン全体への恐怖心は、アメリカだけでなく、全世界に広まり、20世紀後半にほぼコントロールされたとみなされていた麻疹などの感染症がふたたび大流行するようになっている。これが、アンダーセンの指摘する「人々に不幸な影響力を持つ虚偽」だ。

500ページ近い分厚い本だが、500年の歴史の点を繋げて現状を浮き彫りにしていくアンダーセンの知識と軽快な筆さばきに感心しているうちに読み終えてしまった。

しかし、読了後には絶望感が残る。

アメリカはここからどこに行くのだろう?
このまま「ファンタジーランド」として崩壊に向かうのか?

共和党が「ファンタジー党」になることに手を貸してきた保守ラジオ番組の司会者ジョン・ジーグラーは、2016年にこう告白した。
「われわれは、主要な聴衆を効果的に洗脳した。でも、いまや、それが行き過ぎになってしまった。消費者の心の中では、ゲートキーパーはすべての信頼性を失ってしまった。この状態を元に戻せるとは思えない」

しかし、アンダーセンは、困難だが希望は捨てていないという。

真実を重んじる者たちが、それぞれに「あからさまな虚偽」と戦っていかなければならない。たとえば、ネットで喧嘩をふっかけることではなく、日常生活で家族や知人が語る「偽情報」をそのまま見過ごさないようアンダーセンはアドバイスする。

長年の共和党員だった夫の父親は、2008年の大統領選の頃から「オバマは外国で生まれたイスラム教徒だ」という偽情報をメールでよく送ってきた。そのころ、トランプがよく語っていたことだが、ハーバード大学ビジネススクール出身の義父も、自分が信じたい偽情報には弱かったのだ。最初は無視していた夫だが、ついに「そういった悪意だけで根拠がまったくない偽情報を送らないでくれ。ほかの人にも送るべきではない」と父親に返信した。

私も「ワクチンは危険」、「電子レンジで調理した食品は危ない」というメールを義妹から受け取るたびに、学術論文などの根拠を添付して「危なくない」という返事を書いた。彼女もハーバード大学で2つの学位を取った秀才だったというのは皮肉なものだ。

面倒だが、このように自分自身がゲートキーパーになって、偽情報を止める努力はするべきなのだろう。

「子供や孫がいたら、真実と虚偽の見分け方を教えるべきだ」ともアンダーセンは主張する。

しかし、そのためには、まず私たち自身が自分に厳しくなるべきだ。でも、すでにファンタジーランドで生きている私たちには自覚症状もないし、たとえ自覚しても、依存症を克服するくらい難しいかもしれない。

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