結婚と愛を持続させる難しさを考えさせるベストセラー小説

ディズニー系のおとぎ話やロマンス小説は、結婚がハッピーエンドになっている。
だが、現実では結婚は愛の終着点ではない。

会うたびにドキドキするときめき感(英語ではinfatuation)は相手が誰であっても長持ちはしない。
同時に自分の良い所だけを見せようとする緊張感はなくなり、伴侶はじきに日常生活の一部になる。

そこに、仕事、親兄弟、家事、育児、病、家計といった現実問題が加わり、ときめきよりも苛立ちのほうが増えてくる。マンネリ化したときに、外部からの誘惑も訪れる。

結婚はロマンス小説ではなく、むしろ、山あり谷あり、危険な落とし穴がたっぷりの冒険ファンタジー小説のようなものだ。登場人物がそのまま無傷に生き残る保証はない。

たまには例外があるだろうが、最初から最後まで同じハピネスを持続できるカップルなんかまずいない。何十年も結婚している夫婦が現在ハッピーで仲良く見えるとしたら、たいていは、運命が与えた苦難を乗り越えてサバイバルした結果なのだ。

多くのカップルは、運命が与えたクエストを一緒に終えることができず、脱落する。

アメリカでは日本より離婚が多いが、離婚せずに憎しみ合ったまま一生を終える夫婦もいる。私の身近にも、この2つの例が数えきれないほどある。というか、そっちのほうが多いくらいだ。

ハッピーエンドが幻想だからこそ、結婚での愛をテーマにした小説が生まれ、多くの読者を魅了する。

男性作家の文芸小説を読んでいると、男性にとって相手へのミステリと性欲が愛に直結しているものが多いことに気づく。関係が新鮮なうちにはミステリと性欲に揺り動かされ、すべてを放棄してでもこの「愛」を手に入れようとするが、この2つが消えると愛も跡形もなく消滅するという感じだ。

しかし、女性作家のものには、そういう男性のパターンを承知したうえで、娯楽小説のかたちで結婚というクエストを生き残る方法を提案しているものがある。

これらを読むと、下手な「結婚カウンセリング」より効果があるのではないかと思えてくる。

そういった小説をいくつかご紹介しよう。

まずは、最近アメリカのメディアでよく話題になっている「open marriage(オープンマリッジ)」がテーマのThe Arrangementだ。

オープンマリッジとは、直訳すれば「開かれた結婚」で「自由結婚」とも訳されている。伴侶に隠れて浮気をする「不倫」ではなく、夫婦間でルールを決め、それに従って別の相手とオープンに関係を持つというものだ。

2017年のベストセラーThe Arrangementは、結婚当時のときめき感を失ったニューヨークの若い夫婦が、「互いの知り合いはダメ」とか「恋におちてはいけない」というルールを作って6ヶ月の期限でオープンマリッジをトライする。

夫は安易な相手を見つけて、新鮮なセックスのスリルを楽しむが、妻よりも人使いが荒くてつきまとうタイプの恋人に疲れ、気楽な妻が恋しくなってくる。妻のほうは最初は誰とも付き合わないが、夫があまりにもウキウキと浮気していることに腹を立て、友人に相手を紹介してもらう。そして、夫が「早めにオープンマリッジを切り上げたい」といい出したときには、ルールを破って本当に恋におちてしまう。

面白い設定だし、作者のSarah Dunnはテレビドラマのライターをしていただけあってページターナーだ。だからベストセラーになったのだろう。しかし、登場人物の考え方があまりにも薄っぺらなので、読んでいてうんざりしてしまう。彼らの行動の滑稽さを笑うための娯楽本としてはお薦めするが、それ以上ではない。

The Arrangementに読者があまり共感を覚えないのは、この夫婦が特に危機に直面していないからだろう。

多くの夫婦が経験するのは、「あばたもえくぼ」の初恋の感覚を忘れたころに日常生活のちょっとした部分で互いに苛立つというケースだろう。ゴミを出したとか出さないとか、家事分担の量が不公平だとか、相手のほうがわがままで自分だけが我慢しているという不満の蓄積だ。それがだんだん憎しみにエスカレートする。

2014年にベストセラーになったAfter I Doは、そんな倦怠期の夫婦の物語だ。

ローレンとライアンは大学時代に知り合い、恋愛結婚をしたのに、お互いに伴侶に我慢できないようになっていた。相手の言動のすべてに腹が立つのだ。

けれども2人は離婚という最終決断をすることができず、1年の期限で別々の生活をすることにする。夫のライアンは「たとえ緊急事態でも、こちらから連絡を取るまで連絡するな」と行き先を告げずに家を出る。学生時代から一緒だった2人にとっては、大人になって初めての独身生活のようなものだ。それぞれに恋人を作り、伴侶のいない生活をそれなりに楽しむが、一方で一緒に築き上げた人生や人間関係が懐かしく、恋しくもなる。でも、1年間で相手は変わってしまっている。このまま元に戻ることは不可能ではないか……。

伴侶がログイン情報を変えていないのを「許可」と勝手にとらえ、伴侶のメールアカウントにログインして、相手が自分に書いて送らなかったメールの下書きを読むローレンとライアンには呆れる。これは、夫婦や親子でもやっちゃいけないことだと思うのだ。でも、この夫婦に至ってはこれが互いを理解するきっかけになる。そこが読者としての私には納得がいかない部分であった。

しかし、これも、それぞれの夫婦にそれぞれの関係があるということなのだろう。

 

上記の2作よりも文芸作品として上質であり、しかも人間心理をよく描いているのが同じく2014年のベストセラーI Am Having So Much Fun Here Without Youだ。

イギリス人アーティストのリチャードは、アメリカで大学院の学生だったとき出会ったフランス人のアンと結婚し、パリで暮らしている。弁護士のアンは上品な美人で知的でもある。2人には可愛い4歳の娘もいる。リチャードは学生時代の理想とは異なる油絵を描いているが、商業的には成功をしつつある。特に不満はないが、新鮮さやエキサイトメントがない生活になにか欠けたものを感じていた。そんなとき、リチャードは奔放なアメリカ人の女性ジャーナリストと知り合い、情熱的な情事に溺れる。妻や娘を置き去りにすることすら考えたくらいだったが、恋人は「結婚する相手をみつけたから」とリチャードに別れを告げ、ロンドンに移住してしまった。

リチャードがまだ終わった情事に未練を持っているときに、アンは夫の浮気を知る。妻を傷つけ、家庭崩壊が現実化して、ようやくリチャードは自分のやったことを反省し、妻を取り戻そうと躍起になる。だが、そう簡単に信頼関係は戻らないのであった。

恋人に振られて落ち込んだ気持ちを「親友」である妻に打ち明けて理解してもらえない辛さを独白するリチャードの自己チューさには、腹立ちを超えて笑いを感じる。心底身勝手なリチャードだが、読んでいるうちに、「頑張れ。アンを取り戻せ」と応援したくなってくるから不思議だ。読者にそう感じさせるMaunの文章力に脱帽する。

人生では、失いそうになってようやくわかる価値というものがある。この小説は、それを思い出させてくれる。そういう意味で、もしかすると、「結婚カウンセリング」より効果があるかもしれない。

男女のどちらの読者にもお薦めできるラブコメだ。

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