インターネットビリオネアが率先する21世紀の宇宙事業

The Space Barons

作者:Christian Davenport
ハードカバー: 320ページ
出版社: PublicAffairs
ISBN-10: 1610398297
発売日: 2018/3/20
難易度:中級+(単語さえ調べれば、日本の高校英語教育を終えたレベルで読める文章)
ジャンル:ノンフィクション

Rocket Billionaires

作者:Tim Fernholz
ハードカバー: 304ページ
出版社: Houghton Mifflin Harcourt
ISBN-10: 1328662233
発売日: 2018/3/20
難易度:中級+
ジャンル:ノンフィクション

アポロ11号が無事月に着陸したのは1969年7月20日のことだった。多くのアメリカ人が家族揃ってテレビの前で待ち構え、人類が初めて月の上に降り立つ画期的な瞬間をわかちあった。

当時9歳だった私は日本在住なので同じ体験こそしなかったが、「アポロ熱」は共有していた。SFが好きで後にアシモフの『銀河帝国の興亡』(ファウンデーションシリーズ)に熱中した私は、ガジェット好きの叔父が購入した望遠鏡でやや引き伸ばされた月面を観ながら、そこに立っている宇宙飛行士を想像した。そして、「自分が大きくなるころには月だけでなく、ほかの惑星にも簡単に行けるようになるだろう」と宇宙旅行をしている自分を夢見た。

後に世界中で同世代の人と出会って知ったのは、1969年にアポロの月着陸を体験した世界中の子どもたちが私と同じような夢を抱いていたということだ。ところが、半世紀経った現在人類は月にすら戻っていない。それも、この世代の宇宙ファンに共通する嘆きだ。

あの頃にはSFの世界でしか実現できなかったようなインターネットやスマートフォンを一般人が毎日利用しているというのに、有人ミッションはスカイラブから現在の国際宇宙ステーションまで地球の大気圏から離れていない。

技術は発達しているはずなのに、なぜなのか?

2011年、ケープ・カナベラルで開催された宇宙飛行士奨学金のチャリティイベントで3日間宇宙飛行士らと一緒に過ごした。朝食で私の隣に「ここ、空いてますか?」と座ったベテラン宇宙飛行士と雑談しているとき、この素朴な質問をしてみた。彼は結婚式場にも使われる大ホールの天井を指さしてこう言った。
「天井の電灯が全部ついているでしょう? これがアポロ計画までのNASAの資金だったんです。現在のNASAは、僕たちが座っているテーブルの上だけがついている状態。天井全部の電灯をつけることができたら、火星にもすぐ行けます。全然不可能ではありません」

つまり、お金の問題なのだ。

有人ミッションには膨大な資金がかかる。
税金を使うNASAの場合には、国民の支持がなければそれだけの予算を確保することはできない。アポロ11号が月着陸を果たす3年前、NASAは国家予算の4.4%という巨額を受け取っていた。当時のアメリカにとって、ソビエト連邦より先に「アメリカ人」を月に降り立たせるのは国を挙げてのミッションだった。宇宙飛行士はアメリカ国民にとってスーパーヒーローであり、アメリカ国民は膨大な税金を宇宙計画につぎ込むことを許したのだ。

NASAによる有人ミッションが消滅の方向に切り替わったのは、皮肉なことにアポロ11号が月面着陸を果たした日だった。

宇宙開発競争のライバルだったソビエト連邦に大勝利したことにアメリカ国民は歓喜し、満足した。だが、それと同時に月や宇宙探索への情熱も失った。月に行けないソビエト連邦などはもはやライバルではない。ライバルを失ったことでアメリカ国民は宇宙計画への興味を失い、NASAの予算は削減され、当初予定されていたアポロ18、19、20号はキャンセルされた。NASAに与えられる資金は急速に減り、1990年代にはすでに国家予算の0.5%以下になっていた。

家族全員が1台の小さな白黒テレビの前に集まってニール・アームストロングが月に降り立つのを見た時代とは異なり、2020 年を目前にした現在は情報や娯楽の選択肢に限りがない。この時代に、宇宙への有人ミッションに関して60年代の宇宙開発競争に匹敵する興奮を国民に与えることはできない。これまでもそうだったが、今後も国家予算から大金を得るのが容易になるとは思えない。

月面を歩いたアポロ宇宙飛行士たちが高齢化し、アメリカが壮大な夢を忘れそうになっているときに宇宙の夢を引き継ぐ決意をした者がいる。1990年代から2000年代にかけてのインターネットブームで大金を手にしたビリオネアたちだ。

主要な立役者は、昨年10月にビル・ゲイツを抜いて世界一の富豪になったアマゾン創業者のジェフ・ベゾス、テスラCEOのイーロン・マスク、マイクロソフト社の共同創業者ポール・アレン、ヴァージン・グループ創設者リチャード・ブランソンだ。

これらのビリオネアによる宇宙ビジネスについて詳しく語るノンフィクションが、今年3月に2冊同時に発売された。

スペース・バロンズ(The Space Barons)』の著者はワシントン・ポスト紙で宇宙事業や防衛事業を専門とする記者のクリスチャン・ダベンポートで、『ロケット・ビリオネアズ(Rocket Billionaires)』の著者は新進のビジネスメディア「クオーツ」の記者であるティム・ファーンホーズである。

どちらの本もマスクとベゾスの競争に焦点を当てており、どちらも読み応えがある。そのうえで、私は『スペース・バロンズ』のほうが人間ドラマを感じて入り込みやすいと感じた。

『ロケット・ビリオネアズ』のファーンホーズはマスクを直接取材しているが、ベゾスに会って率直な質問をできたダベンポートのほうにより大きな価値を感じる。というのは、オープンなマスクとは異なり、ベゾスは自分のプライバシーを徹底的に保護する秘密主義だからだ。ダベンポートはベゾスが所有する「ワシントン・ポスト紙」の記者なのだが、その有利な立場でも取材許可を得るのには時間と努力を要したようだ。

この2冊のノンフィクションからわかるのは、これらのインターネット起業家ビリオネアが、何世代にもわたって親から子に富を受け継いで増やし続けた「オールドマネー」とは考え方も行動も異なるということだ。インターネット・ビリオネアたちは、富をわが子に渡すために貯め込もうとはしない。それよりも、資金確保のために国民の支持を得る必要がない私的財産の利点を活かし、リスクが非常に高い宇宙事業を始めたのである。この志の大きさに心打たれる。

近い将来に利潤を得る可能性がほとんどない高リスクの宇宙事業に彼らが手を出したのは、マスクやベゾスが「自分の子どもや孫」などといった小さな視野ではなく、「地球と人類」という大きな視野で未来を考え、そのために何かをしたいと切望したからだ。

これらのビリオネアらは、みな子どものころからのSFファンだ。

マスクは気に入りのSFのひとつにアシモフの『ファウンデーション・シリーズ』をあげているが、人類が地球を離れて火星など別の惑星に居住地域を広げていくという発想は、こういったところから来ている。

また、ベゾスがブルーオリジンを創業したとき、社員はSF作家のニール・スティーヴンスンだけだった。月が破壊した影響で地球上の生物が絶滅するという2015年刊行の超大作SF『セブンイブス(Seveneves)』には、ベゾスを連想させるビリオネアも登場する。

共通点はあるが、宇宙事業に対するマスクとベゾスの考え方やアプローチは異なる。

マスクは失敗も成功もおおっぴらに公開するし、自分が正しいと思うことを実現するためであれば、提携する相手であるNASAですら訴訟する。まさに「猪突猛進」といった感じだ。

しかし、ベゾスは寓話の「ウサギとカメ」でゆっくり着実に進むカメを目指し、それを会社のモットーにしている。

マスクのスペースXは火星に自給自足可能な居住地を作る計画を立てており、2022に最初の貨物船を送ることを目標にしている。

いっぽうのベゾスは火星移住計画には乗り気ではない。ワシントン・ポスト紙の記者であるクリスチャン・ダベンポートに「考えてごらん。(火星には)ウイスキーもないし、ベーコンもないし、水泳プールもないし、海もないし、ハイキングもできないし、都心もない。いつか火星はすばらしい場所になるかもしれない。でも、それは、ずっとずっと未来のことだ」と答えた。地球が住めなくなる未来に備えて人類を火星に移住させる計画よりも、地球という「貴重なもの」を保存したほうがいい。つまり、「宇宙は、地球を温存するために使うもの」というのが、ベゾスの考え方だ。

高校をトップの成績で卒業したベゾスは、卒業式で「地球は国立公園に指定して温存するべきだ」といった内容のスピーチをした。それから40年後、ベゾスは「国立公園」を「居住区と準工業地域(light industrial)」に置き換えて、同じようなスピーチをした。エネルギー資源は隕石や月など宇宙で発掘し、製造業も地球外に移動させ、地球はそのまま手付かずにする。それがブルーオリジンの大きなアイディアなのだ。

大目標も性格も異なるこれら2人のライバルは、ことあるごとに相手を挑発しあってきた。この2冊の本にも描かれているが、ときにはツイッターで大人げないやりとりにもなる。

しかし、それは決して悪いことではないと思うのだ。

アポロ11号が月面着陸を果たしてソビエト連邦に勝った後、アメリカで宇宙開発事業が衰退した状況についてダベンポートは「競争相手の不足は、自己満足をもたらす」と説明した。
マスクがリスクを取って突き進んでいくためには陰で蠢くベゾスの存在が、カメのベゾスにとってはウサギのマスクが刺激になっている。

ダベンポートはこう書く。
「実際のところ、彼らは互いを必要としているのだ。ライバル意識は、つまるところ、最高のロケット燃料だったのだ」

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