作者:Benjamin Alire Sáenz
ペーパーバック: 368ページ
出版社: Simon & Schuster Books for Young Readers
ISBN-10: 1442408936
発売日: 2012/02/21(オリジナル出版日)
適正年齢:PG12 /YA(ヤングアダルト)
難易度:中級+(とても読みやすい文章)
ジャンル:YA青春小説
キーワード:思春期、同性愛、友情、家族愛、LGBTQ
賞:Stonewall Book Award for Children’s and Young Adult Literature (2013), Michael L. Printz Award Nominee (2016), Pennsylvania Young Readers’ Choice Award Nominee for Young Adults (2015), Lambda Literary Award for LGBT Children’s/Young Adult (2013), その他多くの賞
「読まなくては…..」と思っているうちにタイミングを逃し、そのままになっている本がけっこうある。チェックしなければならない新刊がどんどん出てくるので、つい後回しにしているうちに何年も経っている。Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universeもそんな本のひとつだった。
先日25歳の娘が「あの本とっても良かったよ」と薦めるのでようやく読んだのだが、これまで読まなかったことを非常に後悔した。読んでいれば、このブログの「これを読まずして年は越せないで賞」にノミネートしたことが明らかだからだ。大失敗である。
このYA小説(青春小説)は、携帯電話などがなかったころ(1980年代後半から90年前半?)のメキシコ国境に近いアメリカが舞台だ。
高校生のAristotle(日本語だとアリストテレス、本人はアーリと皆に呼ばせている)は、心に壁を持つ孤独な少年だ。11歳年上の兄がいるが、アーリが4歳のときに犯罪を犯して服役している。両親だけでなく、年が離れた姉たちも兄のことを語らない。家庭ではその話題はタブーになっていた。ベトナム戦争で心の傷を負ったらしき父は、ほとんど口をきかない。自らも口数が少ないアーリが言葉を交わす相手は高校教師の母くらいだ。
15歳になっても泳げないアーリがプールで悶々としていたとき、風変わりな少年が「泳ぎ方を教えてあげるよ」と声をかけてきた。カトリックの男子校に通っているDante(ダンテ)という少年は、あらゆる意味で同年代の少年と異なった。天才的な頭脳を持ち、思っていることをストレートに口にし、自分で自分のルールを作りたがる。そして、靴を履くのが嫌いですぐに裸足になる。アーリもダンテもメキシコ系アメリカ人でカトリックだが、ダンテは自分がメキシコ人(この場合、この地域に住むメキシコ系アメリカ人)からメキシコ人と認められていないと愚痴を言う。
アーリにとって、ダンテは初めての友だちだった。ダンテの大学教授の父と心理学者の母は、アーリがこれまで出会ったことがないような親だった。息子を心から愛していて、それを隠そうともしない。そして、ダンテも「自分の両親がすごく好き(I’m crazy about my parents)」と言う。
自分の気持ちに正直なダンテは、自分がゲイであることやアーリが好きなことを言葉の端々で示し始める。アーリは自分は男とキスしたくないし、ダンテとはただの友達だと言ってダンテの気持ちを拒む。そして、自分の中に湧き上がる怒りの感情を理解できずもてあます。怒りの対象は、兄について語ることを拒否する両親であり、壁の中に閉じこもっているような父であり、自分のアイデンティティを率直に示すダンテであり、自分自身を理解できない自分だった…..。
同性愛結婚が合法化されたアメリカはLGBTQの理解が進んでいるように見える。だが、21世紀になった現在でも差別は続いている。このYA小説の舞台になった20世紀後半は、同性愛はもっとタブーだった。特に、カトリックやキリスト教原理主義の強い信者の間では、同性愛は罪として捉えられることが多い。それゆえ、カトリックのメキシコ系アメリカ人の間では差別だけでなく、嫌悪感も強い。この嫌悪感が、アメリカでは同性愛者に対する暴力として顕れることが少なくはない。このYA小説でも、そんな暴力が出てくる。
だが、この小説の素晴らしさは、社会的な問題定義にあるのではない。思春期に誰もが直面する「成長の痛み」や「愛」としっかり向き合っているところだ。体験がないから自分自身の中で渦巻く強い感情を理解できないアーリと、それを助けようとする大人たちを、作者はしっかり描いている。青春小説には子どもを理解しない悪親のステレオタイプが多いが、この小説に出てくる両親は、子どもたちを心から愛する親だ。彼らが「真の愛」とはどういうものかを、言動で示してくれる。
読み終わった後に、周囲の人すべてを抱きしめ、「愛しているよ」と言いたくなるような小説は少ない。
この本は、そんな希少な本のひとつだ。