フェミニストたちの完璧ではない葛藤 The Female Persuasion

作者: Meg Wolitzer
ハードカバー: 464ページ
出版社: Riverhead Books
ISBN-10: 1594488401
発売日: 2018/4/3
難易度:上級
適正年齢:R
ジャンル:文芸小説
キーワード:フェミニスト、フェミニズム、グロリア・ステイネム、女性問題、社会問題、家族関係、友情、メンターシップ


2016年の大統領選挙の結果は、直接的にも間接的にも出版業界に大きな影響を与えている。

女性蔑視のミソジニストであることを隠そうともしないトランプの勝利により、かえって女性の抗議デモや#MeTooなどで抵抗するようになっているのだ。それについてはニューズウィークの記事でも触れたが、フェミニズムをテーマにした小説も続けざまに出版され、ベストセラーになっている。

ひとつは、女性の抗議デモや#MeToo運動を予言したような『The Power』だ。な英国人作家のものだが、アメリカでも大ベストセラーになった。

Meg WolitzerのThe Female Persuasionもフェミニズムをテーマにしているが、男女の力関係が逆転して女性が残虐な報復をするThe Powerとは内容もトーンも異なる。

The Female Persuasionは、「将来なにかを成し遂げる」夢を抱いて育った少女と、彼女の人生を変えたカリスマ的なフェミニストを描いているが、「フェミニスト小説」である前に、「人の生きざまを描いたドラマ」である。

労働者階級の町で生まれたGreer(グリーア)は才能も野心もある少女だったが、ヒッピーで放任主義の両親は娘にまったく無関心だった。幼なじみの親友でボーイフレンドのCory(コリー)と同じ大学に進学する計画を立て、どちらもイェール大学に合格したにもかかわらず、親が学費免除の書類をいい加減に記入したおかげでグリーアはイェール入学に行けなくなってしまう。

学費全額免除で行くことになった二流大学で意欲をなくしかけていたグリーアだが、有名なフェミニストであるFaith (フェイス)の講演を聞き、再び野心を抱くようになった。70年代にフェミニズム雑誌『ブルーマー』を刊行したフェイスは、かつてはグロリア・ステイネムのようなフェミニズムのアイコンだった。

グリーアにフェイスのことを教えたのはもともと親友のZee(ジー)だった。レズビアンで社会運動家のジーは、フェイスのような生き方を夢見ていたが、フェイスが関心を見せたのはグリーアのほうだった。

大学卒業後にグリーアはフェイスにコンタクトを取り、『ブルーマー』の面接にこぎつけるが、その日に雑誌は廃刊になる。だが、フェイスは著名なビリオネアの出資でLoci(ローサイ)という女性のためのフォーラムを設立し、グリーアはそこで働くことになる。

グリーアがローサイでの仕事に生きがいを見出していたとき、プリンストン大学を卒業してマニラで働いていたコリーの家族に悲劇が訪れる。

グリーアとコリーが高校生の頃に計画した将来が崩壊し、グリーアは仕事に没頭する。その甲斐あってローサイで頭角を現すが、その直後に完璧だと思っていたローサイとフェイスがそうでなかったことを知る……。

The Female Persuasionは、読む人の性、年齢、人生経験によって評価が異なる小説であることは間違いない。タイトルの「female persuasion」は、person of female persuasion(女の種類に属する人)という昔にユーモアを持って使われた表現から来ていると思うのだが、それにpersuasion(説得力、信念)という意味も含めているのだと思う。このタイトルからも感じるように、読者によって解釈が異なる作品だと思う。

残念ながら読む男性は少ないだろうし、若い女性は「生ぬるいフェミニズム」だと感じるかもしれない。フェミニズムは、それを敵視する人々が想像するような一枚岩ではないのだ。実際に、「読むならThe Powerのほうを薦める」という意見をいくつか目にした。後に語るが、マイノリティの女性が問題視するところもある。

だが、若い頃からフェミニズムについて関心があった私の年代の女性は、きっと真摯で勇敢な小説だと感じるだろう。なぜなら、フェミニズムの「都合が悪い真実」も隠さずに描いているから。

若いグリーアが誰よりも尊敬し、憧れたフェイス・フランクは、最も有名なフェミニストのグロリア・ステイネムを連想させる存在だ(私はステイネムと会って話したことがあるが、本当に魅力的だった)。トレードマークのスウェードのブーツを履きこなし、若い頃からの美貌を失わず、声を荒げずして主張を通し、人々を魅了する。真っ向からの戦うのではなく、制度の中に入り込んで内部から変えていくことを信じるタイプだ。そのほうが多くの人々を変えることができるし、長期的には多くの女性を救うことができるとフェイスは信じる。妥協も必要悪だと納得している。「多数を救うためなら少数は犠牲にする」という割り切りもできる人物だ。

そんなフェイスに失望する理想主義者のグリーアも、親友を裏切ったことがある。

フェイスのかつての親友も、大きな矛盾をかかえる女性だ。違法だったときに中絶し、ゴミのように扱われて死にかけたというのに、その過去を隠したまま有名な政治家になり、「中絶合法化反対」のリーダー的存在になる。しかし、女性のこの矛盾した行動は、実社会では珍しいことではない。

フェイスのローサイに出資した男性は、善と悪、本音と建前を持つリベラルだが、ハリウッドから政治家まで、似たような男性は数え切れない。

理想だけでやっていけるほど、この世の中は甘くないのだ。そこをしっかりと語っているところが、ティーンの少女が世界を救う流行りのSFとは異なる。

さらりと描かれているが重要なのが、フェイスが人生を捧げてきた第2世代のフェミニズムへの現代の若いフェミニストからの批判だ。グロリア・ステイネムの世代のフェミニストが戦って人工中絶を合法にしたのに、現代の若いフェミニストはそれらの達成を当然の権利として受け取り、その上で「中流階級の白人女性のフェミニズム」と批判する。それに対する苛立ちは、私の世代以上のフェミニストの女性が共有するものだ。

急進派のフェミニストからの批判は、この小説The Female Persuasionにも向けられている。彼女たちは、もっと直接的なフェミニズム小説のThe Powerに共感を覚えるようだ。

社会を変えようとするときには、これらのどちらか一方ではなく、「どちらも」が活動をするべきだと私は思う。しかし、現実はなかなかそうはいかず、上記の急進派が「中流階級の白人女性のフェミニズム」を罵倒してパワーを削ってしまうことがある。2016年の大統領選挙の現場で私が見たのは、若い女性の多くがヒラリー批判のリベラル急進派につくか、無関心かのどちらかを選んだという現実だ。ヒラリー支持の若い女性(特に大学生)はピアプレッシャーで黙り込むしかなかった。

その結果がトランプ勝利だ。だが、私が知る限り、あれほど声高だったリベラル急進派の誰も反省はしていない。

読んでいるときに思ったのだが、フェイスの欠陥は、ヒラリーの欠陥を連想させる。「重要なことを成し遂げるためには、やりたくないことへの妥協も必要」と受け入れている部分だ。
理想主義のグリーアはむずかしい選択をすることになるのだが、読者の私たちならどうしただろうか? 「重要なことを成し遂げる」ために小さな嘘を許すのか、「純粋である」という不可能なことを狙って、ほかのすべてを犠牲にするべきなのか。そういった葛藤は、なにもフェミニズムに限ったことではない。

テーマはフェミニズムだが、小説としては、ジョナサン・フランゼンと作品と同じカテゴリに属する。ゆえに、女性小説ではなく、歴史的な背景を含む人間観察小説として読むことをお薦めする。

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